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72 根来の提案

 根来は異変に感づいて一階に駆け下り、中庭に飛び出した。中庭は冷たい風と暗闇に包まれている。屋外照明がいくつかあって、その頼りない光明の下に、動物の小屋がいくつか並んでいた。その前に生徒が集まって騒いでいる。「殺された、殺された」と喚く声もあった。


「なんだ、何があった……」

 根来が、何人かの生徒を押しのけて小屋の中を覗き込むと、そこには真っ赤な血にまみれた鶏の死骸が横たわっていた。それが、照明の黄色っぽい明かりに照らし出されて、余計に生々しく見えていた。他の鶏がその周囲を忙しなく走りまわっていた。

 根来は舌打ちをした。犯人はどういう神経をしているものだろう、と思った。人間のみならず、鶏も同時に殺したのだろうか。

「これに気づいたのは、誰だ?」

 と、根来はあたりの生徒を見回した。背後に隠れていた痩せっぽちの男子生徒がおろおろしながら、前に出てきた。

「僕です」

「お前か。いつ気づいた?」

「たった今です。それまで、寝ているんだと思ってたんですが、今までこんなことなかったんで、ひっくり返したら、見ての通りの状態でした」

「お前は飼育委員か?」

「ええ、まあ……」

 痩せっぽちの男子生徒は、誰だろうという顔で根来を見ている。


「まあ、いい」

 根来ははっと校舎の方を睨んだ。二つの影がこちらに向かってきていた。それは粉河と川野辺だった。そして、遅れてきた粉河と川野辺を捕まえると、根来はこんなことを言った。

「やられた。鶏が殺されている」

「そんな……」

「ここはお前らが捜査しろ。しかし、俺は訳あってこの場から離れる。いいか、お前ら、たむろっているあいつらに俺が刑事だということを言うなよ」

「何故です?」

「いいから。お前ら、すぐにあの鶏小屋に行くんだ。じゃないとやつら、鶏の死骸をどうにかしちまう。さっきから見てると、鶏の死骸を木の棒でひっくり返そうとしている。すぐに離せ」

「はい」

 

 二人は、鶏小屋の方へと駆けていった。そして、周囲の生徒を小屋から遠ざけた。根来は、その場を離れた。


 根来が向かった先は、幸田校長のいる校長室だった。相変わらず、警察官がドアの前に一人立っているので、無理に押しのけて室内に入ると、青白い顔をした幸田校長と羽黒祐介がテーブルに向かい合って座っていた。

「根来さん。捜査は順調ですか。質問ですが、僕はいつ帰れるのでしょう」

 と祐介が明るい顔をして言ったので、根来は首を横に振った。

「お前は当分、帰れないよ」


 そして、根来は幸田校長の方を向いて、こう語り出した。

「幸田さん。この学園には今、殺人犯が潜んでいます。そいつは青酸カリを所持しているような凶悪なやつです。そして、その殺人犯はおそらく今も三人の女子生徒の命を狙っている。そのうちの一人というのが、ここにいる羽黒祐介の従兄妹なんです」

 幸田校長は深刻そうな表情をして頷き、ちらりと祐介の表情を伺った。そして、小さな声で、

「はい。どうもそのようですね」

 と言った。



 根来の説明はなおも続く。

「これでは全校を休校にしてしまっても無理はない深刻な状況だと私は考えていますが、現実的には厳しいでしょう。何故って、犯人が捕まる見通しは立っていないし、だからといって何ヶ月もの間、休校にしたら、それこそ学園存続の危機です。おまけに犯人を外に逃すことにもなる。だから、休校にすることはできない。では、どうしたら良いか、幸田さんはどうお考えですか?」


 幸田校長は苦い顔をして、顔を横に振った。

「私には、良い案がまったく浮かびません……」

 根来は鋭く幸田校長の顔を睨んでから、再び口を開き、自分の意見を述べだした。

「こうすれば良いんです。私が教師の振りをして、学園に潜入すればいいんです。幸運なことに、文芸部の部員以外には私は刑事だと知られていない。生徒を欺くのは簡単です。また、犯人にとっては私は犯罪の抑止力となるでしょう。もちろん、三人に手は出させません」

 幸田校長は、驚いた顔で瞳を輝かせて、根来をまじまじと見つめた。

「そんなことが可能なのですか。もし、そうしていただけるのなら、こんなにありがたいことはありません」


 根来はその言葉に頷いた。そして、祐介の方を向き、

「お前もやるよな」

 と言った。

「僕も、ですか?」

 驚きを隠せない祐介だった。

「従兄妹の身に何かあったらまずいだろ。そんなに怖がることはねえ。教師の振りをしていりゃあ良いんだよ」

「……そうですね」

 祐介はそう言いつつも、いまいち、すっきりしていない表情だった。


「それじゃあ、幸田さん。二人分の教師の席を用意してください」

「……分かりました。ご用意しましょう」

 幸田校長は頷いた。その声は僅かに震えていた。

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