71 騒ぎ声
根来と粉河は、由依と百合菜の二人からも事情聴取をした。しかし、毒殺事件に関する限り、この二人からは八重と同じ情報しか得られなかった。根来は、この二人からは毒殺事件のことよりも、例の脅迫状と襲撃事件について積極的に聴きたがった。ただ、二人ともかなり動揺していたので、必要最低限の質問にとどめた。
結局、毒殺事件の容疑者として怪しいのは宮沢、石田、柏崎の三人ということになった。宮沢、石田は被害者の隣に座っていたし、柏崎は被害者と二人きりになった唯一の人間だからだった。
「根来さん」
事情聴取を終えて、粉河が尋ねてきた。
「どうした?」
「あの会議室にいなかった人物が犯人ということはないでしょうか?」
「そんなはずはない……。あらかじめ青酸カリを仕込むにしても、被害者の淀川多恵があの会議室に到着するまで、彼女がどこに座るかは分からなかったはずだ。どの紙コップに入れて良いのかも分からないし、そもそもりんごジュースを飲むかも分からなかった。どうやって、彼女に青酸カリを飲ませられたっていうんだ……」
「そりゃそうですよね。しかし、ちょっと気になることがありまして……」
「なんだ?」
「あんなところで毒殺したら、会議室にいる人間が犯人だというのは丸わかりじゃないですか。それなのに何故、と思うんです」
粉河の言うことは、よく分かった。
「気になるか。それは確かにそうだ。不自然だ。それに犯人はその前の時間に刃物を持って、和泉八重、田所由依、夕紀百合菜の前に現れている。刃物だったんだ。しかし、本当に殺す気があるのなら、持っている青酸カリを使えば良かったはずだ。刃物よりもリスクは少ない。この矛盾をどう考える?」
「犯人は二人いると?」
「そうだな。それも考えた」
しかし、粉河はそうではないと考えている様子だった。
「刃物を持って現れたのは、脅迫のためでしょう。つまり例の襲撃事件は、殺すことが目的ではなかったとしたらどうです。青酸カリは、効果が覿面すぎるから脅しには向いていません。それに青酸カリの方が刃物よりもリスクが少ないというのは納得できません。青酸カリを使用した場合、それが殺人事件であることは明白だし、被害者が毒を摂取するタイミングも予測できません。なにより大事になります」
「まあ、そうだな。確かに」
根来は頷いた。まあ、粉河の言いたいことはよく分かる。しかし、だからと言って、犯人二人説を捨てる気にもならなかった。
そこに川野辺がやってきた。ノックもせずに、引き戸を開ける。彼の顔が入り込んでくる。根来と粉河はぎくりとした。
「あの、すみません。青酸カリと指紋について報告しますので、よろしくお願いします」
「どうぞ」
川野辺は相変わらず咳き込みながら、報告をした。額にはじんわりと脂汗が浮き出ている。
「んごっほぉ、ぐふぉっ、すみません。お水ください。いや、毒殺事件の後でしたっけね。お水はいりません。こほっ。まずね、被害者の紙コップからは青酸カリの反応が出ました。しかし、りんごジュースのペットボトルや、他の人の紙コップからは青酸カリの反応が出ませんでした」
「ふむ」
すると、やはり青酸カリは、途中で紙コップに入れられたか、あらかじめ紙コップに仕込まれていたかの二択だろう。
「そして、指紋ですが、被害者の紙コップからは被害者の指紋と共に、柏崎隼人君、古宮政幸君、夏目灯里ちゃん、山吹由乃ちゃん、石田宗次君の指紋が出ました。それから、りんごジュースのペットボトルからは、和泉八重ちゃん、田所由依ちゃん、山吹由乃ちゃん、夏目灯里ちゃんの指紋が出ました」
「そうか」
根来はあることが少し気になった。しかし、そのことについては、あまり深く考えなかった。三人は、その部屋を出た。日はすっかり落ちていた。深い闇が窓の外を覆っている。三人は、蛍光灯の青ざめたような光の下を歩いて行った。その間も絶えず、事件のことを話していた。その時、窓の外に騒ぎ声があることを知った。
「なんだ?」
根来は窓の外を見つめた。黄色い街灯の下だった。しきりに動く生徒の影があった。




