70 根来の妙案
しかし、根来には少しばかり引っかかるところがあったらしい。彼はしばらく物思いに耽ってから、粉河の方に向き直った。
「しかし、体育の授業中というと、他の生徒も授業中であったはずだ。授業に欠席した生徒を調べれば、すぐに犯人は割れるんじゃないか?」
根来はそう言った。
そうかもしれない、と八重は思った。そう考えるとあの襲撃事件もあっけなく解決してしまうのだろうな、と思った。なんだか、僅かに物寂しさを感じて、すぐさま不謹慎だと反省した。そして、犯人は誰なのだろう、私の知っている人だろうか、と八重は違うことを考えた。
「二年生だ。会議室にいたのは、夏目部長と山吹由乃以外は二年生だった。今すぐ二年生の授業時間割を持ってこい」
「はい」
粉河はそう答えると、吹き抜ける風のように部屋から飛び出して行った。
何も今そんなことを言いつけなくてもいいのに、と八重は不満に思った。早く待合室に戻りたいのに叶わず、よりにもよって、こんな密閉空間で強面の根来と二人きりになってしまった。
根来は腕組みをして、じっと考え込んでいる。彼はたまに独り言を言う。
「脅迫状、襲撃事件、毒殺事件、果たして同一犯だろうか……?」
確かに、と八重は思った。脅迫状を送った人物と、襲撃事件を起こした人物と、毒殺事件を起こした人物は必ずしも同一とは限らない。もしかしたら、三人ともまったくの別人かもしれないのだ。こう色々なことを考えていると八重は、自分にもミステリー小説が書けるのではないか、という気がしてきた。
タイトルは「和泉八重の可憐な事件簿」。内容は、探偵の八重が柏崎先輩との恋に悩みながら、ついでに殺人事件の謎をも解いてしまう、というものだ。悪くないかもしれない。秋の文化祭の冊子用にどうだろうか。
どれほどの時間、そんなことを妄想していたか分からなかった。突然、引き戸が開いて、粉河が室内に入ってきた。苦い顔をしている。
「どうだった?」
「どうもこうもありません」
「うん。で?」
「どうもこうもありませんよ!」
「いや、報告を……」
粉河が腹立たしげにテーブルの上に放り投げた時間割を見ると、二年生のあの時間は「ロングホームルーム。修学旅行準備・調べ学習」と書かれていた。
「なんだ、このふざけた授業は?」
「二年生はその時間、修学旅行の準備と称する、自由時間でした。修学旅行の目的地である京都・奈良のことを調べてさえいれば、どこにいても良いという時間だったんです。今はスマートフォンの普及もあって、図書室やパソコン室に集まる必要もなくなったそうで、この時、生徒がどこにいたのか、先生はまるきり把握していないようです」
「なるほど。こうなると、生徒同士の目撃情報に頼るしかないが、実際、こういう時の子供の証言はほとんど当てにならないしな……」
根来は悔しそうにううっと唸った。それは虎の声によく似ていた。
「まあ、聞き込みはしましょう。しかし、あまり熱心に聞き込むと生徒に波紋が広がります。生徒の中に犯人がいるなどということは、感づかれたくないものです」
「そうだ。生徒には感づかれるな。毒殺ということも伏せておけ」
根来は、だんだんこれからの紫雲学園のことが心配になってきた様子だった。
それに根来がどうして考えなければならないのは、こういうことだった。和泉八重、田所由依、夕紀百合菜の三人はこれからも犯人に狙われる危険がある。三人をほったらかしにして、この学園を離れることは根来にはどうしてもできなかった。
……その時、根来の頭にひとつの妙案が浮かんだ。




