67 古宮政幸という男
夏目部長の尋問に続いて、古宮政幸が部屋に呼ばれた。この男子生徒は色白で痩せていて、黒縁眼鏡をかけていた。彼のレンズから覗いた黒真珠のような瞳は、はっきりと粉河の姿を捉えている。それから彼は、根来の方をじろりと見つめると、また粉河に視線を戻した。
「君が古宮政幸君ですね」
「そうです」
「文芸部の二年生ですね」
「ええ」
古宮は、心がこの場にないかのような虚ろな声であった。
まるで夢を見ているようだ、と粉河はふと思ったが、そのことについては何も述べなかった。それよりも事件について早く尋ねばならぬ、と思い口を開いた。
「淀川さんが亡くなりましたが……」
「殺しなのでしょう?」
「お気づきですか」
「ええ」
粉河は驚きをもって、古宮の顔を見つめた。持病のない女子生徒の突然死であり、警察が捜査をしていることもあって、殺人であることはもう察せられて当然な気もしたが、自ら「殺しでしょう」と冷静に言い切るところなど、古宮はどこか普通ではない気がした。
「誰でもそう思いますよ。彼女は、あの紙コップの中身を飲んで、そして死んだのですから」
「飲む瞬間を見たのですか?」
「ええ」
古宮はやはり冷静な様子で、その時のことを語り出した。
「淀川さんは目の前に置いてある紙コップを手にし、中身を一口含んだ。そして紙コップを落とし、苦しげな声を出した。あの紙コップに何が入っていたのか。コップから溢れ出したのはりんごジュースのようでしたね。ということは、あのりんごジュースを注んだのは誰なのかということが問題ですね」
「誰かが、その紙コップに、りんごジュースを注いだところを見ましたか?」
「いえ」
と古宮はつまらなそうに呟くと、また夢想するように、ぼんやりとあたりを見まわした。
「事件が起こるまでのことを話してください」
「分かりました。僕が会議室に入った時、室内には柏崎と夏目部長、そして山吹由乃さんがいました。その三人だけです。それから、僕は椅子に座り、山吹さんが持ってきた紙コップを手に取りました。その後のことです。山吹由乃さんは夏目部長にりんごジュースを注ごうとして、転倒してしまいました。それから、夏目部長は僕を廊下に呼び出しました。僕たちは階段の踊り場までやってきました」
ここから先が、夏目部長と二人きりになる問題の部分である。
「何の話をしたのですか」
「別に。大した話ではありません。夏目部長はお昼休みに不審者に会ったと言いました。ところが、その不審者は大変な美男子で、一度は不審者として扱ったものの、その顔が頭に浮かんで仕方ない、これは禁断の恋だろうか、などという妄想じみた話でした。僕は本当にどうでもいい話だと感じたので、適当なことを言って先に会議室に戻りました。その頃には、宮沢さんも石田も到着していました。遅れて、一年生の三人組が入ってきました。それから後は、詩の発表です」
それから、この古宮という生徒は丁寧に詩の発表の時のことを話した。粉河と根来はその話を黙って聞いたが、心はもうそこになかった。真相はあまりにも見えなかった。この後、古宮には戻ってもらった。
和泉八重、田所由依、夕紀百合菜を容疑者から除外した時、残るのは石田宗次という生徒だが、実を言うと、彼は宮沢史奈よりも前に事情聴取を終えていた。そのため、この生徒がどういう人物なのか根来と粉河にはよく分からなかった。川野辺刑事の記録に目を通した限りでは、この人物は宮沢史奈と一緒に会議室に入ったという。そして、被害者の隣に座っていたのだ。
(この人物も怪しい……)
粉河は、川野辺刑事の事情聴取では、何か隙がありそうで心配だった。
とにかく、次は羽黒祐介の従兄妹である和泉八重を呼ぼうと粉河は思った。




