66 夏目部長の証言
夏目部長はだんだん心が落ち着いてきたらしく、少しずつ今までにあったことを話し始めた。
「今日の文芸部のミーティングは、各自詩を作ってきて発表するというものでした。土曜日のミーティングの中で、私は部員にそのことを伝えておきました。部長の私も一つ詩を考えてきたのですが、お昼の一件があってからそのことで頭が一杯になり、失礼ながら授業中にその内容を詩を書いて、コピーしてから会議室に行きました」
「お昼の一件、というのは……?」
粉河は気になって尋ねる。
「お昼の一件、それはこういうものです。私は決して友達がいないわけでもないのですが、お昼休みには一人で、一号館の歩道近くのベンチに座って手作りのサンドイッチを食べていました……」
夏目部長は、その時に不審な男性が話しかけてきたことを話した。粉河、根来ははじめ真剣に話を聞いていたが、その男性というのが羽黒祐介であることがだんだん分かってくると、すっかり呆れてしまった。
羽黒が気になって話しかけた女子生徒というのが、事もあろうに目の前にいる夏目部長だったなんて、なんてことをしやがる、と娘のいる根来は憤った。誤解は広まる。
「すると、その不審な男性のことを詩に書いたと……。どんな詩ですか」
粉河が詩に関心をもって質問を続ける。
「いえ、大した詩ではありませんけど」
「どこにありますか?」
「鞄の中にあります」
「一応、後で読ませてもらいましょう」
すると途端に夏目部長は顔を赤らめて、何か訳の分からないことをもごもごと呟き、終いに「へぇっ?」と素っ頓狂な声を出した。
「よ、読むのですか、あれを……」
「ええ。事件に関係があるかもしれませんし、一応……どうしました?」
粉河はまじまじと赤くなった夏目部長の顔を見た。
夏目部長は「いえ、別に……」と呟くと、うつむいてしまった。そして、小さな声で「困ったな、こりゃ……」と言った。
「それで、あのりんごジュースとウーロン茶は君が買ってきたようですが」
と、粉河は赤くなっている夏目部長のことには触れずに、次の質問に移った。
「はい。日曜日に長月駅の方に遊びに行って、買ってきました。正直、重かったです」
「会議室に持ってきたのも、君ですね?」
「はい」
「その時、りんごジュースとウーロン茶は、まだ誰にも飲まれていない状態でしたか?」
「はい」
「では、それから後のことを話してください」
粉河は、鋭い眼光で夏目部長の顔を見た。
「私が会議室に入った時、そこにはまだ誰の姿もありませんでした。そこで持ってきたりんごジュースとウーロン茶をテーブルの上に置きました。しばらくして柏崎君が入ってきて、その後に山吹由乃ちゃんが紙コップを持って入ってきました」
「山吹由乃さんが紙コップを配ったのですか?」
と粉河。
「そうですね。その後に古宮君が入ってきて、そこで由乃ちゃんが部屋にいる三人にりんごジュースを注いでまわったんです。私の紙コップに注ごうとした時、由乃ちゃんは思い切り躓いて、床にりんごジュースをこぼしてしまったんです。私は驚きましたが、りんごジュースを体に浴びないように、咄嗟に女豹のように後ろに跳びのきました。気がつくと、私はりんごジュースが溢れた床から二メートルも離れた位置に立っていたのです」
「それは、すごいですね……」
粉河は、何がすごいのか分からなかったが、出来合いの褒め言葉を口にした。
「夏目さん、りんごジュースは何杯飲みましたか?」
「一杯だけです。飲んだら、ひどく酸っぱい味がしてとても二杯目を飲む気にはなれませんでした」
そう言って夏目部長は、首を横に振った。
「なるほど。その後は……?」
「その後で、私はまだお昼に不審者に話しかけられたという興奮がありましたから、そのことを誰かに話そうと思って、古宮君を連れて階段の踊り場へ行きました。そして長々とお昼の不審者の話をしていたんです。でも古宮君は、どんな美男子だろうと不審者は不審者です、冷静になってください、と私の気持ちをまったく察していないことを言って、一人で会議室に戻っていきました。すると、和泉八重さんとその仲間たちが階段を上がってきたんです」
粉河は頷いた。そして、まだ何か尋ねることならあるだろうかと考えた。
それから粉河は矢継ぎ早に質問をした。
「階段にいたということなのですが、その時に淀川さんを見かけましたか?」
「いえ、見かけませんでしたけど、あの校舎に階段は二つあるので……」
「そうですか。淀川さんのりんごジュース入りの紙コップに誰かが触れているところを見ましたか?」
「いえ、見ませんでした」
「それでは、淀川さんがりんごジュースを注いでいるところは?」
「それも見ませんでした」
「それでは、あなたはりんごジュースのペットボトルに触りましたか?」
「触ってはいないと思います……」
粉河はその回答に満足し、深く頷いた。




