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64 幸田校長の言葉

 羽黒祐介は、幸田校長と向き合って座ったまま動けずにいた。校長室の出入り口には警察官が立っているし、根来もここにいろとだけ言って去ってしまった。だから、今はこの部屋でじっといる他どうすることもできなかった。

 幸田校長は、ソファーの中で小さくなっていた。体格が良い、いかり肩の幸田校長であるのに事件の不安からか、ウサギが籠の中で丸くなっているように小さく見えた。その表情は暗かった。

「事件が起こったことを気にされているのですか?」

 と祐介が不躾を承知で尋ねると、幸田校長ははっと祐介を見つめて「いえ」と言い訳がましく首を横に振って、ソファーに座り直した。

「そんなことはありません。私は校長として適切に対処するのみです。できることはそんなに多くありません。とにかく今は、一刻も早く犯人が捕まることを願うのみです」

「そうですか」

 祐介は頷きつつ、この強がりな幸田校長に好感を持った。


「お庭を見て良いですか?」

 と祐介が言うと、幸田校長の反応はなかった。校長はソファーに浅く座って、俯いたまま、何事かぶつぶつ語っているだけだった。そのうちの一言が、祐介の耳を掠めた。

「……いつか、こんなことが起こるのでは、と思っていたんだ」

 祐介は耳を疑ったが、それがあまりにも微かな声であったために問い詰めるのを躊躇した。幸田校長は眉をしかめて考え込んでしまっているし、祐介も時間と共にまったく別のことを喋っていたのではないか、という疑いが増してきて、結局この時は何も尋ねなかった。


 祐介は構わずに日本庭園の見える窓の近くに移動した。窓の前に立つと、小さな池が視界を支配するほどに迫ってきた。そこには睡蓮が浮かんでいて、傍らの鹿おどしに水が溢れ落ち、新緑の木々が風に揺らめいていた。その隣には見かけだけの枯山水もあった。白い砂に波紋が広がり、小島のような石が三つ並んでいる。この石の配列を見ていると、それが小さな宇宙のように思えてくる。石は黙っていながらにしてものを語るものだ。

「素晴らしいお庭ですね」

 と祐介はわざと場違いなことを言ってみた。幸田校長がなんと発言するのか気になっていたのだ。


「お庭ですか。ええ、それは……」

 と幸田校長は言うと、おもむろに立ち上がった。

「元々は私の道楽みたいなものですが、ちゃんと職員室やラウンジからも見えますし……。なかなかのものでしょう」

 という校長の声が白々しいものであることはすぐに分かった。幸田校長はなぜ明るく振舞おうといるのか。内心は焦っているのにそれを隠している。それは何故か。祐介は考えた。つまり、彼は焦っていることが後ろめたくて隠しているのだ。言い換えれば、何か後ろめたいことで焦っているのだ。そして、そのこととは今回の事件に関することのはずだ。


 しばらく、二人で日本庭園を眺めていた。時という感覚が分からなくなってゆくようだった。鹿おどしが落ちる音が、ガラス越しに聞こえた。

「羽黒さん」

 祐介は、はっとして校長の顔を見た。

「この学園には、生徒たちの将来がこれでもかというほど乗っかっているんです。分かりますか。この意味が……」

「ええ」

「いや、あなたは分かっておいでではない……」

「………」

「失礼しました。つい感情的になりました。今の言葉は忘れてください……」

 幸田校長は、慌てた様子で踵を返すと、ソファーに戻って行った。

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