63 柏崎隼人の証言
柏崎隼人はしばらくして、この部屋にやってきた。涼しい顔つきの美少年だが、その瞳の奥に闘志のようなものが揺らめいているのが、粉河には感じられた。
「よろしくお願いします」
と静かに感情のこもっていない言葉を吐いて、彼は椅子に座った。
「柏崎隼人君ですね?」
「そうです」
「いくつか質問をさせていただきたいのですが……」
「構いません」
粉河は、柏崎の単純な言葉に棘のようなものを感じた。
「そうですか。それでは、お尋ねしますが、君はあのりんごジュースを飲みましたか?」
柏崎は、その言葉に一瞬瞳を輝かせたが、間もなく伏し目がちになった。
「一杯だけ飲みました。それにウーロン茶をもう一杯」
「ペットボトルに触りましたか?」
「りんごジュースのペットボトルには、触ってはいないと思います。ウーロン茶は自分で注ぎましたが……」
「なるほど。その点は良いでしょう。淀川さんの紙コップに手を触れましたか?」
「触れたかもしれません。しかし紙コップから指紋が出たとしても、部室に置いてあった時に触れたものでしょう」
柏崎隼人がそう言ったのが、粉河には不自然に感じられた。布石を打っておこうとする言い方だと思った。ここは追求しなくてはならない。
「手を触れた可能性がある、というのですね。紙コップは部室に置いてあったから誰でも触れた、これは山吹由乃さんの証言ですが、まさにその通りだったというわけですね」
「ええ」
「具体的に言うと、部室のどこにあったのですか?」
「棚の中です」
なるほど、粉河はメモ帳にそのことを記す。
「それでは、会議室に入ってから何があったのか、順に話していただけますか?」
と粉河がさらに迫ると、柏崎隼人はほんの少し前のことを思い出しつつ話を始めた。
「僕が会議室に入った時、部屋にはすでに夏目部長がいて、他の人の姿はありませんでした。あれはミーティングが始まる三十分ほど前だったと思います。テーブルの上にはりんごジュースとウーロン茶のペットボトルがすでに置かれていました。それは夏目部長が買ってきたものだと思います。しばらくして、由乃ちゃんが入ってくるなり、例の紙コップを配りました。僕は、それから黙々と詩の確認をしていましたが、古宮が後から入ってきたところで、由乃ちゃんがりんごジュースを注いでまわろうとしました。しかし、夏目部長の紙コップに注ごうとしたところで、つまずいて、派手にジュースをこぼしていました。この後に、紙コップに注いでもらったりんごジュースを僕は飲みました。とても甘ったるいりんごの味がしました。夏目部長と古宮はこの後、二人で廊下に出てゆき、会議室に淀川さんが入って来たところで、由乃ちゃんも入れ違いに廊下に出てゆきました」
「すると、淀川さんと二人になったのですね?」
粉河はここが一番聞きたかったところなので、つい鋭い目つきで柏崎隼人の顔を見つめた。
「ええ。しかし、特に会話はしていません。僕は自分の詩のチェックをしていましたし、彼女も同じようにノートをめくっていました」
「彼女の行動で、おかしなところは?」
「いえ、ただ椅子に座っているだけで、不自然な行動はこれと言ってなかったと思います。そうこうしているうちに由乃ちゃんが会議室に戻ってきましたし……」
「被害者の淀川さんが、りんごジュースを自分の紙コップに注いでいるところを見ましたか?」
「見ていません……」
粉河はその返答に、頷いた。
*
柏崎隼人を帰すと、根来は粉河に尋ねた。
「おい、どういう状況なんだ?」
「いやですね、少しは自分で考えてください」
「そこを頼む」
やれやれと粉河は首を横に振る。
「柏崎隼人は、被害者と会議室に二人っきりでいた時、被害者と会話を一切しませんでした。そして、被害者が自分の紙コップにりんごジュースを注ぐところも見ていないということです。すると一体、誰がいつ、被害者の紙コップにりんごジュースを注いだのでしょうか……」
「誰もりんごジュースが注がれるところを見ていないんだな……」
根来は頷いた。そう考えると不自然な状況である。
「しかし、あの男子生徒、何かあるぞ」
と根来は半ば断定的に言った。
「根来さんも感じましたか?」
と粉河は、根来の顔をはっと見る。
「ああ、口調や視線に何か棘のようなものを感じた。一体、なんだったんだろう……」




