61 十四歳の証言者
事情聴取をひとまず終えた粉河は、宮沢史奈を部屋に帰し、続いて中学生の山吹由乃を呼んだ。
しばらくして、ひよこのような少女が部屋におずおずと入ってきた。小柄なジャージ姿、黒髪を短く切り揃えているスポーティーで地味な外見、よく見ると健康的な白い肌がてかり、丸いおでこにピンク色のニキビを拵えて、丸っこい鼻とちょっと情けなさげなたれ眉が可愛らしい、あどけない子供といった印象の少女だった。
「こ、こんにちは」
と由乃は粉河に小さな頭を下げる。
「君が……山吹由乃さん?」
「はいっ、よろしくお願いします!」
由乃は思い切り緊張しているらしく、そう叫んだ。どうにか椅子に座ってからもふるふると震えている。
「学年は……」
「中等部の二年生ですっ」
「年齢は……」
「十四歳ですっ」
「中等部の部員は君一人なの?」
「は、はいっ、そうなんですっ」
粉河はがちがちに緊張している由乃の姿を見て、なんと声をかけたら良いのか分からなくなった。
「そうなんだね。でも、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「あ、あのっ」
由乃は粉河に助けを求めるような声を出して、斜め上をちらりと見上げた。そこには根来が腕組みをして、鬼のような表情で由乃を見ろしている。根来は、怒っているわけではないが、捜査中なのでそんな表情なのである。由乃は慌ててまた目を背ける。そして、さも恐ろしいと言わんばかりの震えたため息をついた。粉河はようやくそれに気づいた。
「ああ、このおじさんの顔が怖いんだね。大丈夫だよ。ほらっこのおじさん、顔は怖いけど根は優しいんだよ。ほーら」
と粉河はにこやかに笑いつつ、立ち上がって根来の頬をつねった。
「お、おいっ……や、やめろっ。いてぇっ!」
根来が苦しげな声を上げる。それを見た途端、由乃は笑い出した。
「あははっ、なあんだっ、怖くないんですね……」
「そうだよ。君もつねる?」
「ふふっ。ちょっとそれは遠慮しとこうかな……」
「そうだね。つねったところで面白くもなんともないからね。それじゃあ、緊張が解けたところで事件の話を聞かせてくれる?」
「はいっ!」
由乃の声は人が変わったように明るかった。
(お、お前たち……)
根来は、粉河と由乃の顔を交互に睨みつけた。
「それで、あの紙コップについて、だけど……、あの紙コップはどこにあったものなの?」
「文芸部の部室にありました。部員であれば、誰でも触れたはずです」
「君が持ってきたんだね?」
「はい。私が紙コップの束を持って、会議室に行くと、すでに夏目部長と柏崎先輩がいました。私はふたりに挨拶をして、持ってきた紙コップを一つずつ渡しました。それで、残りの席にも紙コップを一つずつ置いていったんです……」
「なるほど。紙コップはその時に置かれたんだね。夏目部長と柏崎先輩は、他の人の紙コップに触ったりしてなかった?」
由乃は首を横に振る。
「触っているところは一度も見ませんでした。しばらくして古宮先輩が入ってきて、柏崎先輩の隣に座りました。私は古宮先輩にも紙コップを渡しました。三人が集まったところで、りんごジュースを部長から順に注ぎました。夏目部長の紙コップに注ごうとしたら、思いっきり床にぶちまけてしまいまして、ええ、大惨事ですよ。床がりんご味になりました」
この山吹由乃という子は、かなりのドジらしい。床がりんご味にになったとかいうことを大真面目に熱弁している。
「床をりんご味にしたの?」
「拭いたから大丈夫です。ですから、あのりんごジュース、ペットボトルに半分くらいしか残っていませんけど、その時の三人くらいしか飲んでいないんです……あとは床に持ってかれました」
「それは大変だったね。あのりんごジュースは誰が買ってきたものなの?」
「ウーロン茶とりんごジュースは、夏目部長が日曜日に長月駅で買ってきたものです」
「夏目部長が……」
粉河は、少しはっとする。しかし、すぐに表情を消した。
「その後、夏目部長が古宮先輩にちょっと話があると言って、二人で出て行きました。仲良いですよね。実はあの二人は付き合っているんじゃないのかなって私、疑っているんです。今日は、証拠を抑えようと思っていると、会議室に淀川先輩が入ってきました。私、淀川先輩と入れ違いに外に出て、階段のあたりまで行きました。すると、古宮先輩と夏目部長が真剣に階段の踊り場で話し込んでいました」
「すると、君は淀川さんの紙コップにはりんごジュースを注いでいないの?」
「注いでません。それどころじゃないですもん」
なるほど、すると淀川さんの紙コップにりんごジュースを注いだのは誰だ? と粉河は首を傾けた。
「それで、古宮先輩と夏目部長は階段で何の話をしていたの?」
「やっぱり刑事さんも気になります? 残念ながら、何を話しているのかは聞こえませんでした。それで私、会議室に戻ることにしたんです。そしたら、淀川先輩が席に座っていて、柏崎先輩は自分の詩のチェックをしていました。その後、宮沢先輩と石田先輩が入ってきて、さらに遅れて古宮先輩が戻ってきて、その後に夏目部長と和泉さんと見学の二人が入ってきたんです」
「なるほど、よく分かりました。君の見える範囲で、淀川さんの紙コップに触れた人物はいなかったわけだね?」
「いませんでした……」
由乃は自信ありげに頷いた。




