60 粉河刑事の尋問
粉河刑事が川野辺刑事の代わりに尋問を始め、はじめにショックを和らげるような言葉をかけると、宮沢史奈は少し心が落ち着いた様子だった。
「紙コップについて、ですが……」
と粉河が頃合いを見計らって言いかけると、
「あの紙コップのりんごジュースには何が入っていたのですか?」
と史奈が逆に質問してきた。
「毒です。淀川さんを死に至らしめたのはまさにこの毒の作用でした。しかし、このことは決して他言してはいけません」
「なら、淀川さんの隣に座っていた私が、一番疑わしいと……」
「そんなことはありません。しかし、あの毒がどのようなルートでりんごジュースに混入したのか、我々はそれが知りたいんです。そのためには淀川さんの隣に座っていた君の証言が最大の手がかりになるはずなんです。協力して頂けますね?」
「分かりました」
粉河の口調は、理路整然として坦々としている。それに好感を抱いたのか、史奈は先ほどより饒舌に語り出した。
「あの、でも、りんごジュースについては私は何も知りません。あれを買ってきたのは私ではありませんし、誰が買ってきたのかも分かりません。飲んでもいませんし、淀川さんが注いでいるところも見ていませんので……」
「そうですね。それでは、りんごジュースのことは一旦置いておいて、君があの会議室に入室した時のことから順に話していただきましょうか」
「入室した時のことですか。私は石田君とほぼ同時刻にあの会議室に入りました。確か、四時十分前ぐらいだったと思います。その時は、すでに山吹由乃ちゃんが立っていて、柏崎君と淀川さんが席についていました」
「その時、すでに紙コップは席毎に置かれていましたか?」
「……はい。置かれていました」
「あの紙コップは誰が置いたものですか?」
「由乃ちゃんだと、思いますけど……」
あの漢字を間違えて板書した中学生か、部の雑用係みたいなものだからな、と根来は後ろから聞いていて勝手なことを思った。
「なるほど。山吹由乃さんが紙コップを席毎に配ったのですね。なるほど。ところで、あの座席は誰がどこに座るかあらかじめ決まっていたのですか?」
「決まっていませんでした……」
「そうですか」
粉河は何かに引っかかったらしく、その点を気にする。
「すると、淀川さんがあの席に座ったのは、偶然だったのでしょうか。それとも誰かの指示があったとか……」
「さあ、分かりません。……ないと思いますけど。でも、私たちが到着した時には、淀川さんはもうあの席に座っていましたので」
「なるほど。その後に他の人が入ってきたのですね?」
「他の人……。古宮君が入ってきました。私たちよりも数分遅れていました。そして、柏崎君の隣の席に座りました。なんでも外の廊下で夏目部長と話し込んでいたらしくて……」
「夏目部長と……なるほど」
「しばらくして、夏目部長と一年生の和泉さん、それに見学の子が二人入ってきました」
「見学の子?」
「なんでも、和泉さんの友だちらしいです……」
見学の子か、怪しいな、と粉河は思いつつ頷いた。
「もう一度確認ですが、君はりんごジュースを飲みましたか?」
「いえ、飲んでいません……」
「ペットボトルにも触れていませんか?」
「触れていません……」
「では、淀川さんの紙コップにも?」
「触れていません……」
「分かりました」
粉河は再び頷いた。
「誰かが、淀川さんの紙コップに触れているところ、または淀川さんにりんごジュースを注いでいるところを見ましたか?」
「見ていません……」
粉河はだんだん不思議になってくる。どうやって犯人は被害者の紙コップに毒を入れたのだろう、と。




