46 教官室にて
「こんなことがあったわけだから、もう警察に相談しようよ」
と八重は言った。帰りの道だった。三人はマラソンコースの道に戻ったのだった。八重は、もう警察に相談するより他に道はないと思った。しかし、残りの二人の反応は意外なものだった。
「このことは、しばらく秘密にしておこうよ」
そういったのは、なんと由依だった。
「え……!」
「だって、今回は確かに危なかったけど、犯人を捕まえる絶好のチャンスでもあったわけじゃん」
「そりゃそうだけど……」
自分が殺されかけながら、そんな大胆な提案ができる由依の神経に八重は拍手を送るべきか、呆れるべきか分からなかった。
すると百合菜も重い口を開いた。
「わたしも……こんなことを言うのは抵抗があるんですけど……警察に連絡するのには反対です」
「どうして?」
八重は、お前もか、と百合菜の顔を覗き込んだ。
「ここで、警察を呼んだりして、大騒ぎすれば、犯人はまたどこかに身を隠してしまいます。それはもったいないです」
「それはそうだけど、私たちの力じゃどうしようもないじゃん」
「そうかもしれません。でも、考えてみてください。わたしたちには頼れる協力者がいます。それは探偵の羽黒祐介さんです」
そう言われると確かに祐介さんのことを忘れていたな、学園に来ているはずだけど、今頃、どうしているだろう、と八重は思った。
「なるほど」
「警察に伝えるのは、もう少し後でも良いのではないでしょうか。失敗したところで死ぬわけじゃあるまいし」
いや、由依は死にかけたんだよ……と八重は不満に思ったが、確かに学園に警察がぞろぞろ来て、事件をぐしゃぐしゃにかき回され、事態が悪化するのも良くないか、と八重は思った。
「わかった。じゃあ、警察に連絡するのはやめよう。それで……」
八重は二人の顔を交互に見回した。
「体育の授業、なんて言い訳するの?」
あろうことか、とっくに体育の時間は終わっていた。
*
ところが、どういうわけか、何の問題も生じていなかった。集合場所のグラウンドには誰の姿もなく、ただ黄色い砂ぼこりだけが舞っていた。もう授業は終わっていた。三人が引き返して教官室にゆくと、例の坊主頭の教官がデスクに座っている。そして、振り返って、じろりと三人の姿を眺めた。そして、一言。
「もう具合は良くなったのか」
「えっ?」
「悪かったんだろ」
「え、ええ、はい。そうです」
「………」
体育教官は、じろりと三人を見比べると、ぼそりとまた一言。
「早く次の授業に行きなさい」
どうも、この体育教官、なにか勘違いをしている。突き詰めて考えてみると、八重はマラソン中に体調を崩して保健室に向かい、百合菜と由依はそれに付き添ったのだと思われているようだった。あの道で通りがかった仏頂面の女子生徒がちゃんと教官に伝えてくれていたおかげでもある。この体育教官は、わざわざ保健室に確認を取りに行くような人間ではなかったし、その勘違いはそのままにしておいてもよさそうだった。
三人は、体育教官にお礼を言うと、そのまま教室に戻った。
教室に戻ると、担任の城崎が、若々しいチンパンジーのような顔つきで待っていた。もうホームルームの時間だったのだ。
「遅いぞ、三人とも。ホームルーム、あと半分の時間しか残ってないよ」
と城崎はあからさまに機嫌が悪かったが、三人が遅刻したことについては、どうせ着替えに時間がかかったのだろうとしか思っていないのか、それ以上の追及はなかった。
三人が着席したのを見て、城崎はため息をつくと言った。
「みんな。今日も一日平和でよかった。何事もなかったことをちゃんと感謝するんだぞ」




