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44 三途の川

 ……由依は、自分がどこにいるのかもわからなかった。


 ただ真っ黒な、濁り切ったような太陽が頭上で揺らめいている。青空には何羽もの烏が音を立てて、空を舞っている。見渡せば、荒廃した寺があって、冷たい岩がいくつも転がって山を成していた。

 由依は、ここはあの世だと思った。自分は死んだんだ、とそう思った。いつか本で読んだ地獄は確かにこのようなところだった気がする。よくは覚えていないけど、由依はそんな気がした。

 自分の身は川に浮かんでいるらしく、静かなせせらぎの中で、緩やかな流れを下っていた。由依は、ここは三途の川なのに違いないと思った。しかし、三途の川に流されているなんて、すこしおかしい気がした。


 しかし、馬鹿なことをしたもんだなぁ、と由依は変に冷静になって、ついさっき自分の身に起こったことを振り返った。あの時、無理して犯人を追いかけたりしなければよかった。もし、あそこで思いとどまってさえいれば、今頃私は生きていたはずなのに、と残念に思った。


 水面に浮かんでいる由依は、あるところから川の底に沈んでいくようになった。一面、幻想的な水色に染まっていて、水の外から差し込んでくる太陽の美しい光が揺らめいている。魚は一匹もいない。我が身が沈むにつれて、どんどん太陽の光は弱まり、あたりは恐ろしい暗闇に包まれていった。

「いやだ……まだ死にたくない!」

 由依は忘れかけていた強い感情に揺さぶられて、ほとんど突然に、そう叫んだ。

 その声は暗闇の水の底で、わずかに反響すると、そのまま静寂に呑まれてしまった。


 その時、女性の柔らかい声が天から降ってくるように聞こえてきた。

「大丈夫。怪我はなさそう……」

 その声の正体は分からなかった。しかし、それは由依が今まで聞いたことのない声だった。

「それなら、ひとまず………に戻ろう」

 と、もうひとつの声が聞こえた。それは男性の声だった。途中、はっきりとは聞き取れなかったが由依の耳には「ホテーワに戻ろう」と聞こえた。しかし、ホテーワとは何のことか由依にはまったく分からなかった。もしかして、ホテルのことだろうか。

「そうね。一旦戻ろうか……」


 由依はふたつの声を聴きながら、おかしいな、と思った。自分はすでに死んだはずなのに、それを「怪我はなさそう」だなんて、なんて間の抜けた会話なんだ、いっそのこと、私がむくっと起き上がって「あの、死んでますよっ」とでも言ってやろうかと由依は思った。

 しかし、それも出来ぬのが死人の苦しいところ。


 それにしても、由依はひどく暑苦しく感じた。水の中にいるはずというのになんていう暑さだ。まるで日当たりの良いところで仰向けになっているみたいだ。それで変に思って、耳をそばだてると相変わらず、川のせせらぎが聞こえてきている。

 そのうち、由依はだんだんおかしな気持ちになってきた。なんだろう。これではまるで、私は死んでいるのではなくて、私といったら、ただ単に夢を見ているみたいだ。

 


 ……などとむつかしいことを考えているうちに、由依ははっとして目を覚ました。

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