40 授業を真面目に受ける三人
ところが、そんな三人の不安をよそに午前中の授業も、昼食も、午後の授業も平凡で退屈なままに過ぎていった。つまり平和であったということだ。どこからか射られた矢が飛んでくることもなく、昼食に毒が盛られていることもなかった。爆弾が爆発することもなければ、地割れが起こることもなかった。
由依を見ると、彼女はきょろきょろと窓の外ばかり眺めていたので、終いには先生に怒られてしまった。
「先生の話を聞いているのか、田所!」
「えっ……いやだな、先生。ちゃんと聞いてますよぉ、ふふっ、はははっ」
「先生が今、何を話していたか、言ってみなさい」
「……すいません。聞いてませんでした」
「ほらぁっ……やっぱりぃ」
(何も起こらないのかな……)
八重はペンを指先でまわした。ペンは一回転せずに机の上に落ちた。このまま何も起こらずに終われば、それに越したことはないが、それも気分がすっきりしないだろうな……と八重は思った。
八重は、午前中の数学の授業は何をやっているのかさっぱりわからず、まるでついていけなかった。午後の現代文はたいした内容じゃなさそうだったので、少しも興味が湧かなかった。先生の説明はお経か子守唄のように聞こえた。
そうこうしているうちに、八重は気持ちに余裕が出てきて、何か恐ろしいことが起こるのではないかという不安は、何か起こってほしいという期待に変わっていた。しかし、それは一向に叶わなかったので、八重はプリントの裏にシャープペンシルの芯を走らせた。
そうだ、詩を書かなければ、と思ったからだった。
(また、あの詩を書こう…)
八重はいつか、くしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱に捨ててしまったあの詩のことを思い出していた。
どんな詩か、はっきりとは覚えていなかった。しかし、百合菜のことから書き始めるのだ、ということだけは覚えていた。
「転校生はミステリアスな美少女……」
八重は小さな声で呟いた。それは先生には気づかれないぐらいのかすかな響きだった。
そうだ、百合菜はミステリアスな美少女だったんだ、と思った。ところが、今やそれは少し白々しく感じられた。百合菜は、もう以前ほどミステリアスな存在ではなくなっていた。
次は「夕闇に咲いた花みたいな、そんな春の不思議」という文だった。プリントに書いてみる。
夕暮れ時の廊下で、百合菜が学園の秘密を語った時のことを思い出した。あの時に感じた、彼女の不思議さは本当に消えてしまったのかな、いや、それは考えすぎだ、と八重は思い止まった。第一、今の私は、百合菜のすべてを知っているわけではない、彼女は相変わらず謎めいている、と思った。
「夕闇に咲いた花みたいな、そんな春の不思議」
八重はそう書いてから、少し恥ずかしい詩に思えてきた。これを文芸部で発表したら、なんとなく百合菜に会うのが気まずくなるだろう……。
そう思って、隣の百合菜を見ると、百合菜もせっせとプリントの裏に何かを書いていた。




