↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/197

39 朝食の由依と牛乳

 八重は、脅迫状の文面がしきりに頭をかすめて、ベッドの上では眠れなかった。じっとりとした冷や汗のようなものが、パジャマの内側の素肌を包んでいるように感じられた。それは蒸し暑い空気のせいでもあった。

 由依の方を見ると、彼女はすっかり睡魔に襲われ、夏掛布団も足で払いのけ、すやすやと眠りこけている。仰向けの彼女の姿が、黄色のパジャマがはだけて、なめらかな白い肌と綺麗なおへそを可愛らしく覗かせているのが、なんとも罪深く感じた。


 そうこうするうち、窓の外は赤みを帯びた空となった。ああ、朝が来てしまった、と八重は思った。恐ろしい一日になるのか、そうでもないのか、八重には見当もつかない。それに八重は、文芸部の詩を考えていないとも思った。このままでは、あの知的な文学少女である夏目部長に叱られてしまう、と恐れもした。


 しかし、眠気のある今の八重の頭では、優れた詩は到底生まれてきそうもなかった。

(困ったな……)

 八重は、困ったことだらけだと思った。美少女転校生の兄の死を調べて、脅迫状を送りつけられ、命の危険を感じながらも、文芸部員として詩を書かねばならず、おまけにその部活の先輩のことが頭をよぎって仕方がないのだ。八重は、もやもやとしながらも、それでもあれやこれやと考え出した。

 そうしているうちに、窓の外には光が満ち溢れ、鳥の羽ばたく音が聞こえた時、彼女は不思議な安心感に襲われた。たちまち、眠気が彼女を包み込んだ。そして彼女はいつの間にか眠りの底に落ちていた。


            *


「眠い……」

 八重は、軽い頭痛に苦しみながら、由依と共に食堂に赴き、朝食を食べようとしていた。ここでは毎日、同じようなメニューの朝食だった。

 八重は、料理を取る生徒の列に並び、バターロールを二個トレーに取って、苺のジャムを塗り、さらにウインナーと目玉焼きを皿に取った。そしてテーブル席へと戻った。

 パンをこんがりと焼き上げるトースターの前には長蛇の列が出来ていたから、二人ははなっから諦めていた。あれは由依がいつも蟻の大群と呼びならわしているものなのだ。


「気をつけなよ。毒でも入ってるかもよ?」

 と由依はテーブル席に戻るや否や、唐突に言った。八重ははっとしてバターロールを見つめた。

(まさか……)

 でも、あの脅迫状の文面からすると、八重はすぐさま殺されるわけではなさそうだった。あくまでも、これ以上、七不思議について調べたときに殺されるものと読み取れた。

「大丈夫でしょ……」

 と八重は呟くように言って、バターロールを口に運んだ。


 そこに百合菜が現れた。百合菜は、相変わらずの可憐な美少女であるが、いつもよりも顔色が悪かった。百合菜も寝られなかったものらしい。

 百合菜は、トレーなど持っておらず、そのまま二人のいるテーブル席に歩いてきた。

「おはようございます……」

 と百合菜が言うから、由依はすぐさま、

「百合菜、ご飯は?」

 と尋ねた。

「気分が優れないので、食事は遠慮します……ここにはお二人に会うために来たんです」


 と百合菜は答えた。そして、その答えを聞いて、八重はへええ……と思った。そうか、美少女たるものは何かあるとご飯を食べなくなるのか、それに対して自分たちは、どんなことがあっても、食事だけは欠かすことがないし、悩みでもあれば、余計に食事量は増してしまうものだ、彼女の美の秘密はそこにあるのかな、ううん、是非とも見習いたいなぁと、八重は変なことに感心しながら、ウインナーを口に放り込んだ。


 肉汁が口に広がった途端、彼女はなんだかもうどうでもよくなった。そして、朝食を抜くのは、やっぱり不健康だと考え直し、

「少しでも、食べた方がいいよ?」

 と百合菜に声をかけた。


「ありがとうございます……でも食事が喉を通らないんです」

「そっか……無理しない方がいいね」

 と今度は、由依がクロワッサンと、オニオンスープの入ったカップを両手にしながら言った。


「今日、何かが起こるかもしれませんね。くれぐれも無理をしないように……」

 と百合菜が言うと、由依は自信ありげに、

「大丈夫だよっ、私にまかせな」

 と言って、にやりと笑った。それを見て、百合菜は心配になったのだろう。

「あの、本当に気をつけてくださいね……」


「大丈夫、私、気ぃつけてるから……」

 と由依は、にいっと悪戯っぽい微笑みを浮かべる。そして彼女は、牛乳が並々と注がれたコップを手に取ると、背筋を反らせて上を向き、一気にそれを飲み干した。

 彼女は、白いシャツの胸元の頂きから、伸びやかな皺が放射状に幾筋も浮かぶほどに力強く、水風船のような(ふく)らかで柔らかいものをぐいっと前に張り出し、反り立たせている。それは山のように立派だった。それに彼女はまるで、たおやかな白い首筋を見せつけているようだった。

「ふうっ……まあ、この私に任せな……」

 由依は、手の甲で可憐な唇を拭うと、にやりと笑った。

 何気ない仕草が官能的に輝いているようにも見えるところだが、八重の目には少し違って映った。


 ……それを見て、八重は貫禄を感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。