41 体育の授業
……その日の午後、体育の授業があった。
八重は女子更衣室で、体操着に着替えている。高校の制服や、体操着といった服を身にまとうことは、自分たちがまさにうら若き女子高校生であるという確固たる自覚を沸き上がらせるものだった。しかし、現実は地味なものだった。
本来純白のはずの八重の体操着のシャツは、汗のせいか、土のせいか、黄色く滲んでいるように見えた。寮生活の彼女たちは、自分たちで洗濯しなければならない。八重だって洗濯を怠けているつもりはないが、日毎にシミが増えていく気がした。どうも漫画の中の華やかな女子高生と自分たちはまるで違って感じられた。
着替えをしている八重の目に、突如、由依の胸の谷間が飛び込んできた。たっぷりとした白い膨らみがふたつ、水色のブラジャーに包まれながら、活き活きと脈を打ち、ゆったりと息づいている。それは由依の乳房だったが、突き立ての餅がふたつ並んでいるみたいでさも美味しそうだった。淫靡な色気とは異なる健康的で溌剌とした美である。八重がちょっと羨ましくなって、ぼうっと見惚れていると、
「なにじろじろ見てんの」
と、由依は不満げに言いながらも、どこか満更でもないような自信に満ちた笑みを浮かべているのだった。
それから、由依は体操着のシャツを着て、制服のスカートをずり下ろした。しなやかで筋肉質な太ももが露出する。それは、スポーティーで健康的な美を生み出していた。
八重は、あることを思い出して振り返った。百合菜はすでに着替えを済ませて、半袖シャツと短パンという格好で、更衣室を出るところだった。
体育の教官は、秋のマラソンのことばかり考えている偏った思考の中年男だった。気難しい坊主頭の教師なのである。彼は元々、長距離の選手だったそうだ。それで秋のマラソンの練習ということで、まだ春だというのに、女子生徒陣はグラウンドを飛び出し、湖の方まで延々と走らされることになった。湖を一周して来いというのだった。
体育館や校舎のあるところから湖の方へと下る坂道を、女子生徒たちは走って行った。
由依は豹の如く軽やかに走っていたが、八重はかねてからの運動不足が祟って、ひどい息切れがした。それでも、八重は懸命に走っている方だった。
その遥か後方を百合菜がいかにも変な走り方をしながら追いかけていた。お嬢様走りという不格好な走りだった。
「あれ、なんだろうね……」
と由依は、さも馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
湖の向こう側は、もはや森の中である。木漏れ日の差す中を、うねうねと曲がりくねったアスファルトの道が続いている。先ほどまで、グラウンドに動物の群れのように集まっていた女子陣だったが、山道に到る頃にはまばらに点在しているだけだった。
八重は、深い森のどこからか毒矢でも飛んでこないかと心配していた。猿がいそうな鬱蒼とした山の中のことだから、何者が潜んでいるとしても分からない気がした。そう思うと、だんだんと恐ろしくなってくる。それを気遣ってか、由依は八重の隣に並んで、歩調を合わせていた。
百合菜もその遥か後方を一人で走っている気がするが、由依はあまり気にしていない様子だった。
山道の傍らには、朽ちかけた地蔵菩薩像や供養塔がまばらに並んでいた。それは、ほとんどが原型を保っておらず、顔はのっぺらぼうのようになっていた。それに、多くは土の中に半身を埋めていたり、ひっくり返ったりしている。ここに昔、お寺があったことを彷彿とさせるものだった。
何にせよ、夜中には絶対に来たくない道だった。
途中で、道が二手に分かれていたが、右手にはロープが張られていて「立ち入り禁止」の看板がぶら下がっていた。
「なんだか、もの寂しいところだね……」
と由依が言うと、
「そ、そうだねっ……」
と八重は訳も分からずに答えた。




