35 八重の推理
八重は、恐怖に震えながら、由依が帰ってくるのを待った。しかし、恐ろしいことに彼女はなかなか帰って来なかった。時間は、凍りついたように動かなかった。そうして、八重はベッドの上に座ったまま、
(早く帰ってきて、由依!)
と心の中で叫び続けていたのだった。
突然、ドアノブが動いた。八重ははっとしてドアの方を見た。しかし、ドアは開かなかった。八重が、部屋の鍵をかけていたからである。しばらくして、鍵が差し込まれる音がして、ガチャリと音を立ててドアが開かれた。
不審げな顔をした由依が入ってきた。由依は、八重の顔を見ると、
「なんで、鍵を……?」
と尋ねたが、すぐさま、八重の顔が尋常ではないほどに青ざめているのを発見した。
「どうしたの? 何かあったの……」
由依はそう言うと、すぐに何かを察して、八重の近くに駆け寄る。
「もしかして、柏崎先輩に振られたの?」
「……違う」
一瞬、蹴ろうかと思ったが、八重には、それよりも伝えなければならないことがあった。先ほど見つけた紙を由依に見せる。すると、由依ははじめたちの悪い悪戯だと思ったらしく、
「なんだこれ……」
と、半笑いを浮かべた。
八重が慌ててこれまでの話、百合菜と学園の七不思議を調べることになって、喫茶マトリョーシカで祐介と再会し、百合菜の兄の不審死を調べているのだと知ったことなどを早口に喋ると、だんだん由依も笑っていられなくなった。
「どういうこと……? じゃあ、この紙は本当に脅迫状ってこと?」
と、由依は鋭く尋ねた。
「そうだと思うよ……、でも、誰にもこのことは話せないし……」
「百合菜には言ってもいいでしょ。それに、誰かに助けを求める必要なんかないよ。上等だよ。相手がやる気ならこっちもやり返してやりゃいいんだよ……」
と、由依は強気だった。それどころか、むしろ犯人との全面対決を希望しているようにさえ見えた。彼女は確かに怒っていた。友人がこのような卑劣な手紙を受け取ったことが心底許せないらしく、犯人の所在さえ分かれば、先手を打って殴り込みをかけそうな頼もしい勢いがみなぎっていた。
「そうだね……」
八重も由依の勢いに勇気付けられて、一刻も早く、このような手紙を書いた人物を捕まえようと思った。
「でも、犯人は誰だろう。私たちの知ってる人かな……」
と八重は、論理的に犯人を特定しようと推理を始めた。実は、八重はかなりのミステリー通でもあった。コナン・ドイルのシャーロック・ホームズの探偵譚や、アガサ・クリスティーのエルキュール・ポアロの探偵譚を読んでいて、いつか自分もこのような名推理をしてみたいと夢見ていたほどだった。
八重は、シャーロック・ホームズになった気分で、立ち上がった。そして、ドアの近くに寄ってこう言った。
「まず、この紙は、このドアの下の隙間から室内に差し込んだと見て、間違いないね、ワトソン君……」
「どうしたの、八重……」
由依は、怪訝な表情で見つめている。八重が恐怖のあまり、おかしくなっちゃったのかと思ったのだった。
八重は、途端に恥ずかしくなって声を潜めた。それでも、まだ物足らないらしく、
「でも、ここは女子寮なんだから……男子は入れないから……犯人は女子だね」
と控えめな推理を披露した。しかし、由依は反論した。
「そうかな……男子だって入るぐらいの隙はあるんじゃない? それに先生の可能性もあるし……」
……そう言われるとそうかもしれない。どうだろう、八重にはその先の推理が出来なかった。




