25 名探偵 羽黒祐介
その夜、池袋に事務所を構える私立探偵の羽黒祐介は、白いベッドに仰向けになって、ぼんやりと赤らんだ天井を見つめていた。
羽黒祐介は人類史上、類例をみないほどの美男子である。彼は来年、三十歳になるが、その健康的な白い肌には若々しさと張りがみなぎり、黒髪はさらさらと流れるようで清潔感があった。一文字に結ばれた甘美な唇。両眼の眼差しは、優しげであり、その奥にはほのかに憂いが揺らめいている。ところが、事件が起こると、この瞳は知性的に輝きだすのだった。
祐介は今、その瞳で天井を見つめていた。
(なんだろう……この妙な感じ……)
祐介は、間違っても霊感的なインスピレーションを信じていたわけではなかったが、妙なことに、ある少女の顔がしきりに脳裏に浮かんできていた。
それは、まだ幼かった頃の従兄妹の顔であった。どことなく、栗鼠を思わせるその顔つきは、いかにも子供らしくて可愛らしかった。その少女は、自宅に遊びに来ると、よく祐介の妹の未空と遊んでいた。その時の光景が昨日のことのように浮かぶ。
祐介が寝返りを打って、ふと隣のベッドを見ると、使えない助手の室生英治が道路で干乾しされたトカゲの死骸のように転がっている。
室生英治は、本当に使えない助手で、浅黒く、はっきりとした眉と骨格は屈強そうでもあるが、実際、筋肉はだらけきって、体力もこのところ著しく落ちているのだった。知性はあるかといったら、まったくない。本当にどうということもない男だった。
「……だめだ」
英治は苦しげな顔をして、ぼそりと呟いた。
「……もっと、羽ばたかないと」
それは寝言だった。
祐介は、やれやれ思って、その助手の顔を見た。
祐介は、また別の方向に寝返りを打つと、今度は、群馬県の前橋に住んでいる、根来警部とその娘のすみれの顔がふと浮かんだ。
(今頃、どうしているだろう……)
父の根来拾三警部は、屈強な男で、ほとんど不死身だから、今さらどうしていようと構わないが、娘のすみれは、今年の一月に池袋駅の改札口で涙ながらのお別れをしたもので、あれからどうしているか気になるのだった。
たまに電話をかけるが、ここ一ヶ月ほどは、連絡を取っていない。
といっても、あの親子は、二人そろって無茶ばかりするものだから、いちいち心配し出したら切りがないのである。
そんなことを考えている間も、度々、ふっと従兄妹の顔が浮かんだ。
(それにしても……)
先ほどから祐介の脳裏に、従兄妹の顔が浮かぶのは不思議だ。ここ二年ほどあの子には会っていないというのに。何を意味しているのか、ひどく気になって仕方がない。
(八重ちゃん、元気にしているかな……)
と祐介は声もなく呟いた。
……その従兄妹の名前は、八重と言った。




