24 二人の王女とキクラゲの玉子炒め
かれこれしているうちに時刻は午後五時をまわり、八重が百合菜と別れて女子寮に帰ってきた頃には、太陽はずいぶん西に傾いていた。
部活動は先生の許可がない限り、午後六時には終えて、午後七時には夕食を取らなければならなかった。
バレーボール部の活動を終えた田所由依が、運動後の酸っぱいながらも清々しい汗の香りを、その引き締まった体と体操着からほのかに漂わせて、寮室に帰ってきたのは六時すぎのことであった。八重は由依と早めの入浴をするために、一階の大浴場へと出かけた。
二人はローマ風のおごそかな浴槽に裸足を踏み入れ、透明な湯に白い肌を浸し、湯気にその可憐な姿を覆い隠して、古の王女に成りきった。かくして二人は入浴を済ませた。脱衣所にて、私服に着替えた由依の体からはボディーソープの花の香りが漂っていた。
それから二人は食堂へと赴き、夕食を食べた。昼食とは違って、それはあらかじめ決められた給食のようなものだった。ただバイキング形式で、何種類かのおかずが大皿に盛られていて、それを白い皿に移して食べるのだった。どれぐらい取るかは生徒の裁量に任されていた。白米、味噌汁、漬け物、納豆、生卵、豆腐は毎日必ず用意されていた。
今日のおかずは、鮭のムニエル、イカの天ぷら、キクラゲの玉子炒めの三種だった。
魚介類の日だったのである。
八重と由依は魚の料理が嫌いだったので、鮭のムニエルを完全に無視した。イカの天ぷらも気が乗らなかったので取らなかった。そして、キクラゲの玉子炒めの玉子焼きの部分だけをすくい取って皿によそった後、白米と生卵と漬け物をお盆に取って、テーブル席に戻った。味噌汁も無視された。
バイキング形式は偏った食事を生み出すらしい。
八重はそういえばと思って、食堂の中に百合菜の姿を探したが見つからなかった。
(夕飯食べないのかな……)
夕食は七時から八時半までの間に取れば良いので、運悪く行き違ったのかもしれない。
「どうしたの?」
由依が尋ねるので、八重は、
「ううん、別に……」
と答えた。
二人はご飯一杯を、生卵と漬け物、そしてキクラゲの玉子炒めの玉子焼きの部分をおかずにして食べると、さっさと寮室に帰った。
昼間、換気されていなかった寮室は少し臭かった。
二人は机の上に出されているスナック菓子とチョコレートの箱を開けた。実を言うと二人はこの菓子で腹を満たすために、食堂ではご飯一杯と少しのおかずしか食べなかったのだ。
ベッドの上にあぐらをかいてスナック菓子をかじり漫画を読みながら、由依はこんなことを何気ない様子で尋ねた。
「文芸部、どうだった?」
八重はどきりとした。
「あー、なんか、来週の月曜日までに詩を書いてって……」
「ふうん。それで?」
由依の探るような言葉がどことなくいやらしい。
「……書くことになったよ」
「遅刻した?」
由依は、明らかに柏崎先輩との併走の訳を聞き出そうとしているのが分かる。しかし漫画本に視線を落とし、スナックの袋に右手を突っ込んで、バリバリと音を立てているのがなんとも白々しかった。
「遅刻しそうになった」
「部室でミーティングじゃなかったんだ?」
「なんで知ってるの?」
「走ってるとこ、見たから……」
由依の漫画本はすでに斜めになっていた。そして由依は本を閉じると、狡猾でいやらしい、好奇心の塊のような笑みを浮かべて八重を見た。
「ねえ、隣で走ってた人、誰?」
「えっ、隣で?」
由依は微笑んだ。いかなる手を使ってでも、自白させようという顔である。冤罪を生み出しかけない笑みである。
「そう、隣で走ってたじゃん。身長の高い男子。あれ、誰なの」
「文芸部の先輩……」
「やっぱ、先輩なんだ。それで、何なの、何があったの、何がどうしたら、こうなったの、というか、どうなったの」
八重は、そうだ、どうしてあんなことになったんだろう、と思った。
「遅刻しそうになって……先輩が来て、一緒に走ろうって……」
「一緒に走ろうって誘われたの?」
そんな大した話じゃなかった気もするが、八重は深く頷いて、
「そう、先輩から誘われたの……」
と強調した。
「それで、どうしたの……」
「お受けしたの……」
何か二人とも、頭が勘違いのモードに入ってしまった。
「先輩からのお誘いを、受けたわけだ……」
「そうなの」
「すごいじゃん……」
「確かに……」
何がすごいのかよく分からないが、今晩は寝られそうもないと八重は思った。




