23 夕紀さん、部活は?
二人は弁天堂を後にした。赤い橋を渡るとそこはちょっとした広場になっていて、茶色いベンチと銀杏の木が並んでいた。八重は、ちょうどその広場から丘の上の女子寮が見えていることに気づいた。考えてみれば当たり前だった。女子寮から弁天堂が見えるということは、反対に弁天堂からも女子寮が見えるということなのだ。
「今、分かっている七不思議はその二つだけなの?」
と八重は振り返りざま、百合菜に尋ねた。
百合菜は静かに頷いた。そして、
「そうです。あとはまた調べないといけません」
と言った。
沈黙が生まれた。この後どうしよう、という困惑が二人を襲っていた。ところが八重はふとある疑問が浮かんで、こんな状況ではあるけれど七不思議とは関係のない質問をしたくなった。
「そういえば」
何が、そういえば、なのか分からないが、八重はこう切り出した。
「夕紀さん、部活は?」
百合菜はちらりと八重の方を見た。場違いな質問を咎める目ではなかった。
「部活に入る予定はありません」
とぼそりと述べると、百合菜は八重をじっと見つめて、
「和泉さんは、部活しているんですか?」
と尋ねた。
「文芸部員なんだ……」
「文芸部……」
百合菜はそっと呟いた。もう一度、八重の方を見て、
「ということは、詩や小説をお書きになるんですか?」
と尋ねた。
「そうそう。大したものじゃないけど……」
と八重は照れて、もごもごと答えた。
「読んでみたいですね。和泉さんの作品……」
と百合菜は柔らかな笑みを浮かべて言った。
本当に関心があるのか、愛想で言っているのか、よく分からない百合菜の笑顔だった。でも八重は、それはそうだろう、と思った。今、百合菜の関心が七不思議に集中していることは初めから分かっているのだから。八重はあらためて、場違いな質問をした、と思った。
しかし、八重は飽くなき執念で質問を続けた。
「何かやってみたい部活とか、ないの?」
百合菜は考え込むように空を見上げた。そしてぽつりと、
「私も小説を書いてみたいな……」
と言った。
八重は、その思ってもみなかった答えに驚いた。そしてその時になって、ああ、さっきは本当に関心があって言っていたのか、と変に納得すると共に、夕紀さんが書く小説ってどんなものだろう、ということも気になった。ならば入部するなら文芸部か……とそういうことも考えた。
それらが一度に八重の脳裏に浮かんできて、処理不可能になり、八重はつい、
「へぇ……そうなんだ」
とぶっきらぼうな調子で一言呟いて、そのまま黙ってしまった。そして遅れて、その沈黙を誤魔化すように、
「どんな小説を書きたいの?」
と尋ねた。それは少し白々しい感じがした。
「あの雲の上に……」
と百合菜は青空に立ち昇る白い雲を指差した。白いシャツの小高く膨らんだ清らかな胸元、その上から白い腕がすらり、わずかに内側に沿りつつ伸びて、細長い指先が青空を真っ直ぐ指し示しているその姿は、格別に美しかった。
「……白いカバさんが寝ているんです。それはそれは太ったカバさんでした。名前は、ぬーちゃんです。ある日、彼は寝返りを打って、雲から落ちて、この湖に墜落してしまうんです。その時、この湖には、小舟に乗って釣りをしている少年がいました。少年は、ぬーちゃんを助けて、それがきっかけで、二人は友情で結ばれるんです」
と童話のシナリオのようなものを語り出した。どうもこの子はかなりの天然らしいということが、八重にも分かってきた。
「どうですか?」
「子どもが好きそう……」
とだけ八重は言って微笑んだ。
(なんだろう、その話、面白いことは面白いのだけど……)
この美しい子が文芸部に入部して、そんな可愛らしい話を書いて、男子にちやほやされたらと妄想すると八重は猛烈に嫌な気がした。こんな時にあろうことか、先ほどまで詩を語り合った柏崎先輩の涼やかなお顔が空に浮かんで見えた。八重はちょっと赤面した。
「私、文芸部に入ろうかな……」
と百合菜はちらりと八重の顔をうかがった。八重は馬鹿なことは考えてはいけないと自制して、微笑むと、
「そうだよ。文芸部に入りなよ」
となんとも複雑な内心を隠して言った。




