20 ボートを漕ぐ河童
百合菜は、美しい横顔を湖面に向けていた。水中になにか見えるのだろうか。それとも、この湖の泡沫となってしまいたいなどと悲観的な気持ちにとらわれているのだろうか。
八重はそんなことを考えながら、後ろから百合菜に近づき、彼女に囁くように話しかけた。
「夕紀さん……」
夕紀百合菜は、はっとして振り返った。そのはっと驚いた顔がまたとても美しかった。
「なんだ、和泉さんですか……」
百合菜は安心したらしく、ふっとやわらかな笑みを浮かべた。
「何を見ているの…?」
八重は気になっていることを尋ねた。
百合菜は、その問いに少しばかり躊躇した様子であったが、すぐに思い直したらしく、また湖に向き直るとこんなことを話し出した。
「この学園の七不思議に、この湖に関するものがあったんです。それがとても変てこで……」
「七不思議?」
八重は、変に甲高い声を出してしまい、途端に恥ずかしくなった。しかしそれも無理はなかった。あれほど気になっていた七不思議の話が突然、百合菜の口から飛び出たのだから。
「ええ。七不思議です」
「どんなものですか……?」
「この湖には、河童が生息しているらしいのですけど……」
「ちょっと待って……河童が?」
百合菜があまりにも平然と話すので、八重は上手く話を飲み込めずに慌てて問い返した。
「ええ。河童です。胡瓜が好きで、頭の上にお皿があって、水の中に住んでいる……」
「この湖に河童がいるというのが、七不思議なの?」
訳が分からなくて八重はしつこく尋ねる。
「ええ。でも、それだけなら、よく分かるんです。河童は、この湖に生徒を引きずりこむそうで……。それで、この湖は水泳禁止なんです。でも、それは七不思議以上のなにものでもなくて、もしかしたら、生徒がこの湖で泳いだりして、事故が起きるのを防ぐために、先生方が考えた作り話なのかもしれません」
と百合菜がロマンもへったくれもないことを淡々と述べるので、八重はちょっとつまらない気がした。ところが百合菜は、
「でも、それだけじゃないんです」
と続けた。
「河童が夜中に、この湖でボートを漕いでいるというのが、七不思議の内容なんです」
「えっ……河童がボートを?」
八重はあまりにも不自然な話だったので、また素っ頓狂な声を出してしまった。
「変な話ですよね」
「変だね……でも、面白い話」
百合菜はそれから、問題の湖を眺めながらこんなことを言った。
「生徒が漕いでもいいボートって、ありますか?」
「そんなのないよ……」
八重はすかさず言った。
夕紀さんも案外、不良だな、ボートを使って湖で河童探しをしようと企んでいるなんて、と思って八重は笑みがこぼれた。




