19 湖
柏崎先輩と別れた後、八重はひとり煌々とした日差しの中を歩きながら、物思いに耽っていた。
彼女の頭の中にあるのは、学園の七不思議と詩のことだった。それと土曜日の用事が済んでしまった今、日曜日という休日をどう過ごそうかということだった。日曜日を学園の七不思議を調べることと、詩を考えることに費やしても良い気がした。
八重は、学園の白い校舎の背後からせり出すように見えている新緑の山を眺めた。そよ風がどこからか、流れてきた。一体、どこからか? 八重はどこか瞑想的になっていたから、そんなことも気になった。風はどこから吹いてきて、どこへゆこうとしているのか……。
八重は、噴水広場から水路を流れてゆく水を見つめた。この水もどこへ向かっているのか。そして八重は、その水路の水を追いかけて歩いた。この先に何があるのだろうか。そんなことは知らなかった。ただ八重は水が進む方向につられて歩いた。
八重は、考えてから行動する人間ではない。衝動は無意識から起こってきて、体はそれにつられて動き、思考は後付けだった。八重は暑い日差しの中で、涼しげな水を追いかけて坂道を下ったのだ。
正門近くの噴水広場から水路に沿って、曲がった坂道を下ると、新緑の木々が若々しい枝葉を広げて待っていた。石畳の上は深い影が涼しげで、水と葉の香りのする風は冷たかった。それが八重の額の汗を撫でて通り過ぎる。爽やかだった。
坂道を降りきって視界が開けると、湖が見えた。八重の学生寮からも見える、あの湖だった。清らかな水が風に吹かれて、波紋を浮かべていた。それを八重は綺麗だと思った。
湖の向こうにはなだらかな山並みが見える。窓からいつも見えている、弁天堂も見えた。窓からの景色と違ったのは、白い雲が立ち昇っている青空がやけに広いことと、鴨が阿呆面をして泳いでいること、湖に沿って桟橋のような見た目の小道が続いていることだった。
八重はこういう道が好きである。素敵な景色に出会えるかもしれないという好奇心から、その桟橋のような小道を歩いて行った。
青空の斜め上に、太陽がひとりで煌めいている。その太陽に近づこうと背を伸ばす白い雲は、ついに届きそうもなかった。青空の下には、山並みが地を支えていた。その下に流れる清らかな水。
世界が大きく見えれば見えるほど、八重は自分のちっぽけさを感じて、それがかえって痛快だった。八重は、人間や人間がつくった文化が脆弱なもので、自然の前では無力であることの方が、よっぽど嬉しかったのである。
その時、八重はその小道の途中、本当の桟橋のように湖にせり出した木の橋の先に、あの子が立っているのを見つけた。
それは美少女転校生の夕紀百合菜であった。百合菜は物憂げに湖の先を見つめていた……。




