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18 サッカーボールと詩人たち

 文芸部のミーティングが終わると、八重は会議室を出て、柏崎先輩と二人で人のいない廊下を歩いていた。


 あとは寮に帰るだけなのだが、その前に八重は柏崎先輩にどうしても聞いておきたいことがあった。

「副部長……」

 副部長というのは、柏崎先輩のことである。

「どうした?」

 柏崎先輩は、ちらりと八重の顔を見た。

「この学園に七不思議があるそうなんですけど……」

「七不思議?」

「はい。どんなものか、副部長はご存知ですか?」

 柏崎先輩は廊下の天井を見つめながら、思い返しているようだった。

「七不思議ね。なんか、時計台に関するものだったな。あと、あの湖に関するもの。詳しい内容は知らないけど、聞いたことはあるよ。だけど、和泉、どうした。そんなものに興味を持ったのか?」

 と柏崎先輩は不審そうに尋ねて、しばらく八重のもじもじしている顔を見つめていたが、さては、と何か思い当たったらしい。


「……詩の題材にするつもりか?」

「そんなことはありませんけど……」

 八重はなんだか、柏崎先輩が勘違いしていることが可笑しかった。

「詩の題材に、学園の七不思議なんてつまらないぞ。自分の内面を書かないと。心の叫びを書くんだよ」

 と説教じみたことを柏崎先輩は大真面目に語り出した。


「あ、あの、詩の題材というのは、違うんです。ただ、興味があって……」

「それなら、中学からこの学園に通っている生徒に話を聞くと良い。俺は、高校から、だからな。詳しい内容は知らないよ。それよりも、だな。来週の月曜日までに詩を書かなければならないんだ。何か、アイデアはあるのか?」

「アイデアなんて必要ないですよ。目の前に紙とペンがあればさらさらと……」

 と八重は調子に乗って、一端のことを語ったのだった。


「自信ありげだな。そんなことを言うなら、この場で詩を一篇作ってみな」

 八重は突然そんなことを言われて、思いきり緊張しながらふと窓の外を見た。日の降り注ぐグラウンドにサッカー部の部員たちが走りまわっているところが見える。

「日の光、降り注ぐ空の下」

「………」

「ダイヤモンドみたいに光り輝くグラウンド」

「………」

「あなたはあのグラウンドの上を走っている」

「………」

「転がるサッカーボールは無鉄砲で」

「………」

「それを追いかけるあなたはもっと無鉄砲だった」

「………」

「ボールばかり追いかけて」

「………」

「楽しそうにして」

「………」

「いつも私のことを忘れてる」


 終わったらしいことが柏崎先輩にも分かった。

「……一体、誰の話をしているんだ?」

「想像です!」

 八重は恥ずかしくなって叫んだ。

「それじゃ、副部長も詩をひとつお願いします」

「よせよ」

「良いじゃないですか、私だって恥ずかしくても、頑張ったんです」

「そうか。それじゃあ」


 柏崎先輩はしぶしぶと窓の外を見た。日が燦々と照りつけるグラウンドに人間の影が走っている。

「グラウンドは焼けつくような黄土色」

「………」

「走りまわっているのは黒い影」

「………」

「ゴールという名の牢獄に」

「………」

「囚人たちを蹴り入れる裁判官たち」

「………」

「どんなにどんなに叫んでも」

「………」

「砂埃の中に声は消えてしまう」

「………」

「あの蹴り飛ばされるボールは」

「………」

「罪を背負った自分たち」


 どうやら終わったらしいことが八重にも分かった。

「副部長……」

「どうした?」

「何か悩みごとがあるのですか?」

「詩人にそれは禁句だろう」

 と柏崎先輩は不本意そうに呟いて、恥ずかしそうに鼻を掻くと、

「叫んだんだ、俺なりに……」

 と曖昧に笑った。

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