14 文芸部の柏崎先輩
挿絵は成宮りん様が描いてくださいました。
八重は、昼間の授業が終わった後、校舎を飛び出して部室棟へと向かった。
(文芸部のミーティングかぁ……)
八重はわずかな緊張を感じて、歩道の途中で立ち止まり、部室棟のある方向を見つめた。
校舎と校舎をつなぐ歩道のアスファルトを熱しているのは、眩しい日差しである。そこに濃い影を落としているのは、生々しい緑色をしている草木であった。それは道の脇に生い茂っていた。見渡せば、ここは新緑の山の中である。目の前に歩道は続いてゆく。陶器のような白い校舎が並ぶその先に、茶色い壁の部室棟が建っている。
(あそこだ……)
と八重は、声にならないほど微かに呟いた。部室棟を見据える八重は、まるで的を狙う射手のようだった。
部室棟へ急ぎながら八重は、今日の由依と百合菜のことを思い返した。
由依は、先生にもっとこってり絞られるものかと思った。しかし今日の様子を見る限り、特に何のお咎めもなく、平和的に授業を受けているようだった。
百合菜は、昨日の発言からして今日もとんでもない不思議ちゃんを発揮するものかと思った。しかし彼女も特に変わったそぶりは見せず、ただ静かに授業を受けていたのだった。
ただしお昼時には、こちらが声をかける隙も与えず、さっさと一人で教室を出て行ってしまった。おまけに、食堂に姿を見せなかった。
避けられてるのかな、と八重は昨日、無理に百合菜を食事に誘ってしまったことが今さらながら気になって、妙に申し訳ない気持ちになった。
さらに大きく見えてきた部室棟は、茶色い色をした四階建てで、大きめのアパートか小ぶりなマンションを思わせる建物だった。
八重は、外に突き出した螺旋階段を登った。二階に文芸部の部室があるのだった。
階段の上は、無機質な扉が並んでいる灰色がかった廊下だった。
八重は「文芸部」という表札の文字を読んで、扉をノックしてノブを掴んだ。
(あれ……?)
ドアは開かなかった。
どうしてだろう。ここで集合じゃなかったのかな。
八重は訳が分からず、もう一度強く引っ張った。ドアは変な音を響かせるばかりだった。
「君、ドアを壊す気か……?」
八重は、後ろから大人びた男子の声がしたので、急に恥ずかしくなって、慌てて振り返った。
そこにいたのは、白いシャツの袖を肘までめくって、暑そうに第二ボタンを外している長身の男子生徒だった。なぜか扇子を片手に持って、はたはたと扇いでいる。黒髪が濡れているのは、プールの後だからだろうか。いやいや、まだプールなどは始まっていない。暑さのあまり、水道水をかぶったのかもしれない。優しげな目を細めて、ちょっと可笑しそうに微笑んでいる。その顔つきはどこか猫を思わせる、ふんわりとした甘さがあった。
文芸部の先輩なのだ。二年生である。新入部員の歓迎会ではじめて顔を拝み、八重は、大変なイケメンね、お近づきになりたいものよ、と思っていたが、ちょっと面と向かって会話をする自信がなかったので、それっきりになっていた。
「こ、壊しません……あの、開けようと思って……でも開かなくて」
「……鍵がかかっているんだよ」
「へっ……鍵?」
「うん」
「鍵ですか? でも、なんで……」
「中に誰もいないからだよ。君が開けようとしている扉の先には誰もいない。その先にあるのはただの虚無だ」
八重は、虚無ではないだろうと思ったが、それにしても、状況が分からなくて、首を横に振った。
「でも、ここに集合ですよね……?」
先輩は、さも可笑しそうに笑った。
「ここは集合場所ではないよ。会議室を借りているんだ。さあ、早く行こう。こんなところにいては、ミーティングに遅れてしまうよ」
八重は恥ずかしくなった。なぜ、私はこうなのだろうと自分を責めたくなったが、責めても恥ずかしさは増すばかりだった。
「分かりました。柏崎先輩……」
……その先輩は、柏崎隼人と言った。




