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9.教えて、くれないか?

 コンコンっ


 どのくらい時間が経っただろうか、しばらくして部屋をノックする音が聞こえてきた。


 まさか、ルーシス様??


「……ミラ様、失礼しても宜しいでしょうか?」


 侍女達のようですわね。


 少し残念な、ほっとしたような、なんとも言えない気持ちになる。


「どうぞ」


「ミラ様、ご不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」


 入ってくるなり、侍女頭が深々と頭を下げ、他の侍女たちもそれに続くように謝罪する。



 これは、まさか……


「まさか、ルーシス様からお叱りを……」


「いいえっ、お(とが)めなどございません……それどころか、ルーシス様が私どもの目を見て……下がって良いと……ヴァロアナ家に仕えて、こんな寛大な対応は初めてでございます」


 侍女頭こそ声を震わせる程度だが、後ろにいる数人の侍女達は泣いているようにすら見える。


 ええと、お咎め、なかったんですわよね?

 

 夕刻まで表情1つ変えずに接してきた人たちとは思えないほどの動揺ぶりに、聞き間違えだったかと耳を疑う。


「……公爵家の方が使用人の目を見るのは最終通告……もうあとがない時のみです。もちろん、貴人であれば当然のことでございますが……ヴァロアナ家での不敬は決して甘く許されるものではありません。粗相(そそう)があれば……………………とにかく、ミラ様のお心遣いで救われたことに感謝を伝えたく、一同参った所存でございます」


 粗相があれば、の後の沈黙が長いのが気になりますが。それにしても、やっぱりルーシス様の振る舞いは貴族なら当たり前なことには変わりないのですね……

 

 使用人には目もくれず、人として思わない態度は冷たく感じるが、貴族としての品格でもあるのだろう。さりげなく侍女頭の当然という言葉に、自分の感覚がかなりずれていることを再認識させられる。


「……ミラ様は、私どもに非はないとおっしゃって下さいましたが、ご不快な思いをさせてしまったことには変わりありません。大変申し訳ございませんでした」


「「申し訳ございませんでした」」


 深々と頭を下げる見事な動き。だが、聞かれたことにのみ端的(たんてき)にしか応えなかった侍女頭が、こうも話してくれるのは、ルーシス様から言われて来たのではなく、彼女たちの本心で言ってくれているからだと分かる。


 でも、やっぱり、謝ってもらうわけには……


「いえっ、本当に私の……」


「ミラ様、私どもは、ヴァロアナ家の名に恥じないお仕えさせていただいたつもりでございます。ですが、明日からはより真心も込めてお力添えさせていただきます」


 侍女が、それも侍女頭が話を遮るなどありえない。だが、自分達に謙遜する姿は、ヴァロアナ家に加わる者としてあってはならない。さりげなく、他の侍女に示しがつくように助けてもらったのだと気づく。


「……宜しくお願いします」


「はい」


 侍女達の態度は一見変わっていない。


 ですが……


 一瞬ではあるが、全員がしっかりと目を向け、わずかにほほえんでいる。無表情が常のこの屋敷で、この笑みは大きな変化だ。



「では、私どもはこれで失礼致します」


 全員が引き返していく中、侍女頭がそっと耳打ちをする。


「……ルーシス様は、先ほどの食堂にまだいらっしゃるかと」


「…………」


 まだ、正式な婚約者ではないのかもしれない。だが、そんなことはどうでもいい。


「ミラ様? どちらへ」


 走るように部屋を出たミラに、騎士が声をかける。


「ルーシス様のところへ、案内を……お願いできますか?」













「ルーシス様」


「っ!! ミラ……」


 侍女頭の言う通り、片付けの終わった食堂に、口のつけていないお茶が置かれたまま、呆然と座るルーシス様がいた。


「あの……先ほどはすみませんでした」


「…………」


 あの優しいルーシス様が何もおっしゃらないですわ。怒ってはいなさそうですが、きちんと話を……


 ガタンっ


「わっ!?」


 ルーシス様は、椅子が倒れるほど勢いよく立ち上がり、そのまま抱きしめてきた。


「……すまないっ、ミラが何に怒っているのか……考えてもよく分からないんだ」

 

「いえ、私も……貴族としての振る舞いがうまく出来ず、大口たたいて急に席を立つなんて、どう謝罪をすればいいか……」


 ルーシス様に抱きしめられたままでは、話に集中出来ない。伝えようと思っていた謝罪の言葉がすぐに出てこず、むしろ、温かいとすら余計なことに気が散ってしまう。



「そんな必要はない」


 手を緩め、そっと身体を離す。いつもの優しいルーシス様だ。


「ミラが僕の態度で嫌な気持ちになったのなら、それは僕に非がある。この屋敷に来てくれた以上、最大限の出来ることをと思っている。使用人たちに……敬意を持つというのは、どういう意味か教えてくれないか」


 この方は……


 貴族の中でも群を抜いて格上であるヴァロアナ家。


 私が想像できないほどの人間の裏を見てきたはずですわ。家柄は比べられないほどの格差があっても、人の醜さは分かりますわ。



「私も、お話ししなくてはいけないことがあります」



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