10.私の視えるモノ、人ざるソレ
「あの、ルーシス様……」
「ん? どうした?」
話をしたいと言ってから数日、屋敷の外でと希望したのは確かに私ですが。
「これは……これほど着飾る必要が?」
先日採寸を終えたばかりのドレスは、シルクに金の刺繍をこれでもかとあしらわれ、宝石は紫の瞳の色と同じものを合わせている。髪には温室で育てられた貴重な花を飾らせ、まるで盛大なパーティに行くかの気合いを感じる。
「当然だ。この数日で公爵様と父君で取り交わした婚約の書類が正式に受理された。世間ではすでに君はヴァロアナ家の婚約者として知れ渡っているはずだろ?」
この数日間だけでも、いついかなる時も誰かに見られているように振る舞わなければと、講師陣からは品位、作法について、これでもかと叩き込まれた。
もちろん、ルーシス様の言い分も分かりますわ。貴族社会では身だしなみが重要だということは。
それにしたって、これほどの準備を、数日で……??それに、ヴァロアナ家を意識するのなら私も黒を取り入れるものだとばかり思っていましたが……
華やかさを担う夫人に関しては、黒にこだわらないという。
侍女達が気合を入れて仕上げてくれたが、公爵夫人としての講義が密に詰まっているため、早々に帰らなければならない。つまり、このきらびやかな飾りが誰かに見られる可能性はほとんどないのだ。そもそも、
「あの、2人だけで話せる場所を用意してくださるという話では……」
「もちろんだ。こんなに美しい姿をたやすく他人に見せるわけにもいかないだろう?」
「では、やはりもう少し落ち着いた格好でも良かったですわね……」
用意された衣装とはいえ、やはり遠慮すべきだったと、急に恥ずかしくなる。
「今日は2人にとっての初めての外出なのだから、当然の用意だ」
「えっ、ええと?」
そういえば、侍女頭さんがこの宝石や花はルーシス様が取り寄せてくれた品物だったと言っていたような。ドレスも、宝石に見劣りしないよう間に合わせたって、言ってましたが……
「……本当に、よく似合っている」
そう言ってそっと手を取るルーシス様は満足そうにほほえんでいる。
もしや、ルーシス様に見せるために仕立てを間に合わせたんじゃ。
これだけの仕事をわずかな期間で成し遂げた使用人達の苦労は計り知れない。
私が外で話をしたいと言ったから……ひっ、人を使うって恐ろしいですわ。
「では、行こうか」
「えぇ。おっ、お願いしますわ」
絶対に、シワ1つ、つけられませんわ……
2人きりになれる場所。外と言っても、馬車に揺られる時間はそれほどかからなかったように思う。余計なシワがつかないよう、姿勢を崩さず座っていたので、正直時間がかからず助かった。
「どうぞ、お手を。段差に気をつけて」
慣れない長い裾をそっと持ち上げ、絶対に踏みつけてはいけないというプレッシャーがより足どりを重くする。
「ふぅ……」
さて、公爵家に来てから、しばらくぶりの感覚ですわ。どうやら、人気のないという点では大丈夫そうですわね。でも、ここはきっと……
「気に入った?」
おそらく、ルーシス様は私に景色の良い素敵な古城を選んでくれたのだろう。普通のご令嬢であれば心躍るたくさんの花畑に囲まれて。
「ルーシス様、とても素敵ですわ……」
ゆっくりと目を閉じる。そのまま少しだけ身体の向きを変え、ルーシス様だけを見る。
「……でも、私はできればここに長居したくありませんわ」
「ここには誰もいないが?」
「はい。生きた方は、いらっしゃいません」
「それは……」
おそらく、公爵様ですら予想していなかったであろう私の秘密。
「私が視えているのは、人ざるモノですが、それは亡くなった方、生き霊、全てが含まれます。もちろん、条件はありますが。今、私にはこの屋敷の元持ち主である狂気に満ちた女性と、それに巻き込まれた民や使用人達の悲痛な叫びの、ドロドロとした光景が広がっていますわ」
淡々と、伝える。
あくまでも興味なく、何があっても関わらないという強い態度が必要だ。
たとえ、その元お嬢様のザンガイが、私の肩に手をかけていても。
ヴァロアナ家ではなくても、神聖力をもつ教会の存在があるように、守護獣、呪術といった目には見えない力はあると信じられている。だがどちらも、信仰心から与えられる力だ。
生まれた時から、呪術ではない、怨霊、強い負の感情そのものが視えてしまう時があった。
「……つまり、生きていない者の姿が視えるだけではなく、声も聞こえるということか?」
「証拠も祓う術もありませんが……」
「それは……」
気持ちが悪いと思われたでしょうか? それとも、より公爵家にとって利用価値があると捉えられるかもしれませんわ。でも、自分でコントロール出来なければ結局役に立たないかもしれませんが……
「決して公爵様、いや、他の者には他言無用だ」
「え…………」




