11.それはとても、お金がかかります
「それより、ここを一度離れよう」
表情にこそ出していなかったが、握る手の冷や汗で気づかれたのか、ここにいたくないと言った言葉の意味を理解してくれたようだった。
「すみません、せっかく連れてきてくださったのに」
どこに行っても出会う時はある。だが、まさかあんなにもおぞましいアレがいるなんて。視えても対応策が分からない。ただ、反応しては余計に刺激するだけだ。
『…………』
大抵は自我がないのか、何も言うことはない。それでも、久しぶりのソレに、身体は凍りついたように動かない。
ルーシス様が手を引いても動かない様子に気づく。何も言わずに、そのまますっと腰に手を回し、身体を抱えるように、ゆっくりと歩く。
「……もう、大丈夫ですわ」
馬車に戻ると、こわばりがほぐれ、ようやく落ち着きを取り戻す。
ふぅ。ルーシス様に気味悪がられたらと、思わず気持ちが揺らいでしまいましたわ。
「ご迷惑をおかけいたしました。あの……」
「その力はどうにもならないのか?」
「はい?」
「気分のいいものではないだろう」
「…………はい」
関わらないようにするしかない。視えるだけで、アレらを振り払う方法はない。
言わなければなりませんわ。私がルーシス様の婚約者に選ばれたのはこの力のためなのですから。何が視えて、何が出来ないのか。
向かい合って座る馬車の中では、ルーシス様の反応が嫌でも見えてしまう。だが、このまま帰るわけにもいかないと、覚悟を決める。
「……ひと通り、思いつく限りの対処法は両親が調べてくれて試しましたが……視えなくすることも、祓うことも出来ず……視える時も、ふとした瞬間、決まった条件がありません。守護獣も、あの日たまたま視えただけで、私が意図して公爵様を助けられたわけではありません。ヴァロアナ家が期待される能力は私には……」
「神殿には?」
「えっ? ええと……それは……」
「浄化石の効果が効いたのなら、祈祷も有効かもしれないだろう?」
「それは……とてもお金がかかります……ので」
「えっ?」
「…………」
両親が試してくれた方法は、民間で手に入る本や人づてに聞いたものばかりで、専門性とはかけ離れている。ずっと幼い頃、執事のセバスとともに、一度神官に診てもらったが、何か変わったわけではなかった。おそらく、力の弱い神官補佐だったのだろうが。
「…………すぐに行き先を変更しよう」
「えっ? あの、さすがに今からというのは……」
神殿が患者を診る日は決められている。それでも、相当なお布施がなければ神聖力を使った治療はしてもらえない。
それを、そんな簡単に今から行こうだなんて……
「何も問題はない……本神殿に急いで向かってくれ」
本神殿っ!!?? えっ、王族しか入れないのでは????
「ルーシス様、本神殿なんて……それに、もし、それでお役に立てるような術が身につかなかったら……」
「何か問題でもあるのか?」
「ですからっ、大神官様に会うのも畏れ多いですが、そこまでして私がヴァロアナ家に役立てるような収穫がなければ面目が立たないなんてものでは……」
「ミラ、言っただろう。僕は君にその力を使って欲しいとは思っていない」
「では、どうして本神殿に……」
「手が……冷たくなっているだろう?」
「これは……」
久しぶりのアレに血の気が引いてしまったこともあるが、それ以上に、この状況に気が気ではないからだとは言えない。
「こんなに怯えているのを何もしないなど出来るわけないだろう。それに、大神官なら役に立てることもあるかもしれないだろ?」
本神殿の大神官様は神殿の中でも最高官位では? そんな役に立つどうこうと気軽に話せる方ではないと……
そもそも、こんな急に会ってもらえるかどうかも信じられないでいる。
「ルーシス様!! お久しぶりでございます。こちらからなかなか挨拶にお伺い出来ず本当に申し訳ありません。公爵様はお元気でありますか? いつもヴァロアナ家のご寄附には我々一同感謝の意をもっていまして、日々一族の安泰を祈願させてもらってる次第で……」
「ほら、問題ないだろう?」
あっさりと通されただけでなく、明らかにえらいであろう見た目の神官様が機嫌を伺うように話をする。その横で、問題ないと言われても、自分がこの場にいることに申し訳なさが出る。
「……ところで、そちらのご令嬢はもしや」
「あぁ。今日は彼女のことで話がある」
「いや、まさかご婚約の話は耳にしておりましたが……一体どこのご令じょ……」
「…………」
ほんの一瞬だったが、ルーシス様が神官を冷めた目で見る。それだけで、神官の態度がすぐに変わる。
「あっ、いえ、私が気にする立場ではございませんでした。それで、話とはどのような?」
「あぁ。そのことだが」
「あの、ルーシス様……」
そっと、裾をつかむ。この神官には知られたくない。




