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6. 見ない、聞かない、関わらない

「…………え?」


「父君、気が変わった。お嬢さんを是非我がヴァロアナ家の婚約者として迎え入れたい」


「はっ!? えっ、あ、いや……」


 突然の状況にお父様は当然、ミラも思考が停止する。


「あの……何を……」


「我がヴァロアナ家には面白い言い伝えがある。猫の出産は生涯で一度だけ。跡継ぎが現れる数ヶ月以内に、子猫には必ず黒、グレー、そして特別な眼を持つ者だけが視える白い毛並みを持つ3匹が生まれると。だが……我々には黒2匹とグレー1匹にしか見えないのだよ」


 抱きしめていた子猫を抱える手が震える。


 お父様は言葉を閉ざす。視えることを否定すれば、嘘をついていると首をはねられるか、良くて侮辱罪に捉えられかねない。そもそも、ミラのことを事前に調べられている以上、婚約の申し出を断る理由もなければ、立場ですらない。


「もちろん、今用意したお礼とは比べ物にならない婚約金を約束しよう。かつてそちらが所有していた領地に加え、豊かな土地を新たに追加してお渡しすると約束する。それと、ヴァロアナ家の身内になるのだから当然、爵位の引き上げを陛下と取り合おう」


「…………公爵様、あまりにももったいないお話ですが」


「ありがたくお受け致しますわ」


 ヴァロアナ家は王族にも強力な発言権を持つ公爵家。そして、現当主様には恐ろしい噂が絶えない。絶対に機嫌を損ねないようにと、行きの道中お父様は何度も注意していた。そんなところへ娘が嫁に行くなど、それも、視えると確信した上での話などろくなことではない。


 それでも、山ほど縁談話が殺到するヴァロアナ家の話を断ろうとするなんて。お父様……ヨコラ、みんなの生活を考えればこの話を無下になど出来ませんわ。



 一瞬、お父様の言葉に眉を動かした公爵様だったが、ミラの発言に再び満足そうにする。


「ではすぐにでも準備にとりかかろう。娘を急に手放す父親の心情、お察ししましょうが、宜しいですな?」


 先ほどの断ろうとした発言は大目に見過ごす、とでも言っているも同然だった。


「……はい。ただし婚約の書類を作成するにあたってお願いがございます」


「うん?」


「娘の身の安全をヴァロアナ家の名誉にかけて最大限に保証する、と追加をお願いしたい所存でございます」


「…………当然、そうしましょう」


 足は震え、全身汗でぬれても公爵様を見る目は背けない。娘に何かあれば、ヴァロアナ家の名誉に傷がつくと釘を刺す内容だ。



「では、一度婚約の準備のため帰らせていただ……」


「あぁ、お嬢さんの婚約の準備に関しては、ヴァロアナ家が全て一任する伝統でしてね」


 いつのまにか背後に回った公爵様が肩を持つ。


「っ!?」


「もう家族も同然、それに……次期公爵夫人として学んでいただかなければならないことが山ほどありますので、ご理解くださるかな?」


 お母様から最低限のレディの教養を教えてもらっていたくらいで、まともな教育を受けていないことは事実だった。


 お父様1人、用意された馬車で帰る。


「ミラ、いいね? 何かあれば、父の首1つで済むことであればなんでもする」


「お父様、大丈夫ですわ。ここは……この屋敷に来てから、アレが現れていないんですの。夜もぐっすり眠れましたと言いましたでしょう?」


「……そうか。だがあの約束は覚えておきなさい」


「はい」


 人ざるモノには、見ない、聞かない、関わらない。幼い頃から、怖いソレを視るたびに両親がまじないのように言い聞かせてくれた言葉だ。







「はじめまして。ルーシスです」


 休む間もなく、公爵様は次期当主、そして婚約者となる孫を紹介する。昨夜あれだけの騒ぎを起こしても、公爵様に知られていないのか。ルーシスは初対面のフリをしてきた。


「君の婚約者となる孫だ。これから、お守りする相手となる。分かるな?」


 公爵様は、視える理由で私を選んだことは間違いありませんから、当然、この眼が目的なのでしょうけど。それでも、そういった類の存在を信じていることに驚きですわ。


 神に対する信仰心が強いこの国でも、本来見えないモノへの理解はほとんどない。他の貴族達と交流がなかったのも、ミラの発言を気味悪がられたり、頭のおかしい子だと白い目で見られることを恐れた両親の配慮があったからだ。


 あの時のヒョウといい、ヴァロアナ家の言い伝えといい、この屋敷に来てから気味が悪いほど何もいない状況からして、この眼を欲しがる理由は想像つきますが……


「人ざるモノとヴァロアナ家のことと関係があるのですね?」


「ふむ、頭は悪くないようで安心した。それに、父君や家族を守ろうとする度胸もあるとみた」


 もう視えないことは否定しない。それがより満足させたようだった。


「単刀直入に言おう。力のある公爵家では、何かと恨みを買うことも多くてな。当然、ただの嫉妬や逆恨みから呪術を使う(やから)もいる。その害意から、当主、そしてこの家を守ることが責務となる」


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