48.殿下に嘘はいけません
「…………」
「ヒッ、ヒトル……でっ、殿下!?」
大神殿に行くと、まさかの皇太子であるヒトル殿下が機嫌良く出迎える。
「やぁ、2人とも。元気?」
「えぇ。殿下におかれましてはますますご機嫌がよろしそうで何よりです」
明らかに面倒くさそうに挨拶をするルーシス様に、慌てて頭を後ろから下げる。
「いやいや、顔を上げてミラちゃん。本当に、今日は実に機嫌が良い日だよ。まさか朝一で2人に会えるなんて」
「はっ、はい」
「…………」
視なくてと分かる。なぜか殿下がミラちゃんと名前を呼んだ瞬間から、ルーシス様から強烈な殺気を感じる。
「そんなに怖い顔をしないでよ? そろそろ来るかなぁと思ったら、まさか待ち伏せした初日の朝から来るんだから。テンション上がる気持ちも分かって?」
「お忙しいはずの殿下がどうされたのですか?」
意味深なヒトル殿下の言葉に、ルーシス様はすぐに反応する。
「まずは、君のおかげで次の王位継承は私に決まった。礼を言おう」
「なるほど。おめでとうございます」
「あれ? 驚かないね〜〜」
「ヴァロアナ家が指示したのですから、当然予想がつきます」
「さすがだね」
「それに……」
「ん?」
ミラが王家守護獣、ライオンの護りを背後に視たことは伏せなければならない。
「……あなたにとって有利な情報もお渡ししてますから」
「そう。まさに、それね。大神殿の汚職、不祥事の隠蔽の調査で第一皇太子とのつながりまでつつけたんだよね。まさに形成逆転。まさか大神殿がこんなにドロドロだったとは、義兄さんも思ってもなかっただろうね。さらに名だたる貴族の許し難い罪状までずるずると出てくるわでこの一カ月ほとんど眠れなかったよ」
「そうですか……」
「というわけで」
殿下は非常に満足そうな顔でこちらを見る。
「???」
「今回、この不祥事に関わった貴族もまとめて総洗いし、当然、莫大な寄付金と遠縁であるヴァロアナ家の記録も調べさせてもらった」
思わず緊張が走る。今目の前にいるのはこの国の未来の王。現王は歳をとり、ほとんど表には出てこないと聞いた。今殿下の言葉に対抗出来る者はいないのだ。
「あれ? 思ったより動じてなさそうだね」
心臓が固まるミラに、ルーシス様はそっと手を握り余裕の眼差しを向けている。
「はい、殿下。ヴァロアナ家当主として断言出来ます。やましいことは何もなかったのでしょう?」
「……そうなんだよね。大神殿に寄付することはむしろ善行。それをどう使うかまでは関わっていないからね。でも1つ気になることがあってね」
にこりと微笑む殿下だが、不思議と何も感じない。
表情はころころ変わるけれど、もしかして何も感じてないのかしら……
王位継承権を争う立場の過酷さが思わないところで感じ取れる。
まるで感情が麻痺してしまっているみたいですわ。
「なんでしょう?」
「国宝である石について、といえば分かるかな?」
「あぁ。もちろんです」
あまりにの即答に、思わず顔を少し上げる。
「ふむ。それで?」
「婚約者であった彼女が体調を崩してしまったので、石の効果をご依頼しました」
「国宝だということは知っているね? 王命がなければ重罪ということも」
「えぇ。ただ、神殿管理のものに関しては、有事に要請があれば神官の判断で使用を許可すると、特例がございます」
「その有事がレディの体調不良に該当すると?」
「ヴァロアナ家次期夫人の有事ですので」
しばらくの沈黙の後、殿下は高らかに笑い声をあげる。
「…………ハハハ。確かにな。ヴァロアナ家に何かあれば国家に関わる」
「はい。妻に何かあればたとえ誰であってもヴァロアナ家の総力を上げて対応する所存ですので」
「ほぉ。そうか。誰であってもか」
2人のかけあいにミラはその後ろを凝視する。一見穏やかな空気とは裏腹に、それぞれの守護獣が睨み合うようにたたずんでいる。
ルーシス様の守護獣はまだ薄いですが、それでも大きさは負けていませんわ。
しばらく両者が動かないまま、すーっと静かに目を閉じると気配を消す。
「良いだろう。まさか君がそこまで奥方にベタ惚れとは面白い」
「…………奥方というのは」
「不在だった大神官の任命をしてきたところだ。その初仕事に、ヴァロアナ家の未処理の申請を受理させる手続きを終えさせたところだ」
「それは、つまり……」
「おめでとう。正式な夫婦だ」
「っ……」
「ふむ。やはり君はこの件に関しては骨抜きのようだね。感情がダダ漏れだ……時に、奥方?」
「はい」
急にこちらに話題をふられ、驚く。
殿下が私に話しかけています!? もう正式な公爵夫人なのですから、きちんと対応しなければ……
「この男のことは好きか?」
「はい? いえ、あの……」
隣にいるルーシス様を見ると、先ほどから真っ赤になっていることに気づく。その姿に、何が正しいかなんて考える必要はない。
「……はい。お慕いしておりますわ」
「あぁ、いいのぉ。私も早く結婚をと急かされているというのに。こんな惚気を目の前で見させられるとはな」
「えっ、あの、申し訳?」
「ごほんっ。謝る必要はない。殿下に嘘など無礼だからな」
まだ真っ赤な顔をしたままのルーシス様が咳払いをし、手を取る。
「こちらの用事は終わりましたので、失礼しても?」
「まぁ、いいだろう。また後日、私からの結婚祝いを届ける。楽しみにしておくように」
殿下の許可が降りたと同時に、急足で馬車へと戻る。




