47.生きている人間が1番難しいですわ
「あの、ルーシス様。もう大丈夫ですから」
ずっと抱きかかえられたまま、全員の視線を集めているのには、さすがにもう耐えられなくなってきた。
「そうか。では帰ろう」
先ほどまでの冷たい目は、すぐに愛おしそうにミラを見つめる。声色すら別人のように優しくなり、それがより一層彼女を敵に回してはならないと全員が悟る。
「…………」
マリアはこれ以上何も言うことはなく、バラ色に染まっていた頬は真っ青になり、信じられないと目を大きく見開いたままだった。
「それで、どこか怪我はしていない?」
馬車に乗るなり、心配そうに髪を触る。
「大丈夫ですわ。それより、あれではロアナ家との交流が絶たれてしまうのでは……」
「あぁ、全く問題ない。彼女が集めたツテなど戦力外もいいとこだ。ヴァロアナ家をなんだと思っているのか。むしろ侮辱だね。それに、ロアナ家は遅かれ早かれ取り潰しなる。縁を切ったところで関係ない」
「取り潰し?」
公爵家が取り潰しなど聞いたことがない。
「貴族の数が増え過ぎて、名ばかりの体裁に苦しんでいるのがこの国の現状なのは、知っているだろう」
髪に口づけをしたまま、こちらを見つめる目は静かだった。
それはまさに、ミラ自身がそうだった。貴族だからと外で働くことは許されず。かと言って管理するような土地も収益源もない貧乏貴族ほど惨めな階級はない。
「えぇ」
ミラの返事も静かなものだった。
「血筋におごられることなく、その者の能力を評価する。当たり前のことだろう?」
「?」
生まれた家がそうだった。幸い両親から受け取った愛情のおかげで、前向きに生きてこれた。だが、アレが視えるせいで、余計なお金をかけてしまった。高額な神殿での治療費をかき集める苦労をさせてしまった。不気味な一家だと、他の親族との縁を切られてしまった。
私のせいで、両親には苦労をかけてしまいましたわ。もし、ルーシス様がおっしゃるような世界になるのなら、お父様にもチャンスがあったのかもしれませんわ。
「おかえりなさいませ」
2人の出迎えをずっと待っていた侍女頭のリンは、あのネックレスを身につけた主人の姿に緊張が走る。
「ただいま」
いつものように微笑む主人。そして、護衛騎士をしていたローと一瞬目が合う。ほんのわずかに、口元を緩ませ軽くうなずく合図に、パーティで主人が無事だったことを確信する。
「お風呂の用意が出来ております。お着替えお手伝い致しましょう」
「お願いするわ」
「はい」
ヴァロアナ家の使用人として、無駄は許されない。手際よくパーティの疲れを癒すお手伝いをする。
「そのネックレス」
「はい」
いつものように箱にしまおうとすると声をかけられる。
「それは、しまわなくていいわ。プレゼントするって約束したのよ」
「パーティで誰か親しくなられたのですか?」
「いいえ。それよりずっと前に約束していたのよ」
「……承知しました」
すぐに包装箱へしまい直し、いつでも主人が手に取れる場所へしまいなおす。
余計なことは聞かず、言われたこと以上の動きをする。それが若くして侍女頭までのぼりつめたリンの強みであった。
「お祖父様の様子はどうでしたか?」
着替えを済ませ、元公爵であるお祖父様の塔へ行っていたルーシス様の帰りを待っていた。
「全て報告してきた。父の……両親のことも伝えたら笑っていたよ」
なぜかゾッとした表情で思い出しているようだった。
「ふふっ。そうですか」
「むっ。君はまだ知らないのかもしれないが、お祖父様が笑う時は決まって何か別の意図がある時だ。あの時ほど緊張が高まる時はない」
「何をおっしゃいますか。いつだって、ルーシス様を見る時の目は優しく温かい気が溢れてましたわ」
私に公爵家に嫁ぐ心構えを説明していた時とはまるで別人でしたもの。
お茶をした時も、無断で塔に踏み込んだ時も、ルーシス様が登場するだけで分かりやすく気が柔らかくなっていた。
まぁ、はたから見れば厳しい雰囲気そのものでしたけど。
内心を悟られない処世術はさすがだというべきだった。
「……そんなものまで視えていたのか。なら、僕がどれだけ君を想っているかも分かっていたんじゃないか?」
ソファに座るミラに、横ではなくわざと前から追い詰めるように近づく。
「〜〜〜っ!! いえ。生き霊やそういった類のものなら分かりやすいですが、自分に向けられる感情は分かりにくいものなんですわ」
「本当に?」
もう少しで唇が触れてしまうのではないかと思うほど近づかれる。
「ほっ、本当です!!」
「そうだろうな」
「へっ?」
急に離れ、思わず緊張の糸が切れる。
「もし伝わっているなら、もっとこちらも苦労しないというものだ……」
「???」
「まったく。僕がどれだけ君に夢中か」
「〜〜っ!?」
「はぁっ……明日、夫婦の許可書を何が何でも受理してもろうぞ」
「????」




