44.社交界はお好きですか?
黙って促されるままついてくるミラに、マリアは気分良さそうに歩く。
「さぁ、ここにいらっしゃるのは名家勢ぞろいの格式高いレディ達ですわ。お近づきになれたら嬉しいですわ」
「あらあなたがヴァロアナ家公爵様の婚約者候補の方?」
「ずいぶんと可愛らしい方ですわ。きっと家柄もさぞ宜しいのでしょうね。是非、お近づきになりたいものですわ」
「それにしても、どうしてずっと社交界に出てませんでしたの?」
品の良さそうなレディ達の次々と出てくる言葉に、マリアはにこにこと微笑んだままだ。
「……私の家は男爵と言うのもままならないほど生活に苦しかったので、社交界に出る余裕もありませんでしたので」
全員の顔が輝く。想像以上のネタなのだろう。
「まぁぁぁっ!! 大変でしたのね。男爵って……貴族崩壊でまだ残ってたかしら」
「それでそんなにか細いのですわね。ちゃんと食べていたのかしら。ほら、やはり女性は母体となりますし、将来子どもの健康に影響も……」
「いくらヴァロアナ家が過去に身分の低い方と結ばれても、確か格式高い家に一度養子縁組してからだったはず……もちろん、今はそうなのでしょう?」
マリアは何も言わないが、彼女の言いたいことを代理で皆に言わせているのが嫌でもわかる。
だって、あなたの生き霊が先ほどから笑い転げてますもの。
バチっ
ソレと目が合う。
彼女の生き霊は一度追い払ったことがある。
『ひぃっ』
笑い転げていたソレは、誰が相手か分かると勢いよく本体に戻る。
「!?」
違和感があるのだろう。天使のような微笑みを浮かべていた顔が、一瞬ぞくりと寒気を帯びる。
「ふふ。そうですね。ですが、私は事情があって養子縁組もしておりません」
話が出なかったわけではない。むしろ、お父様は当然そうなると思っていたようだった。だが、ルーシス様は、それを断った。
「君の実家の身分を上げればいいだけだ」
よほどの功績、実績がなければ不可能な話だが、当たり前のように話していた。
きっと、何かお考えがあるんですわ。
「「「まぁぁぁぁぁっ!!!!」」」
想像通りのリアクションだ。
「それは、ねぇ?」
「ヴァロアナ家ともなれば国を代表する大切な家柄ですわよ?」
「今はとても大切な時期なのですよ? あなたには難しいでしょうけど」
「もし、あなたがほんの少しでも教養のある方なら…………」
「私なら正式に夫婦となる前に身を引きますわ」
「今なら、ほら。彼にも汚点となることなく別れられますでしょう?」
「あなたにもそうですわよ。そうだ!! 私がもっと身の丈にあった方を紹介しますわ」
「身分は……あれですけど。こんなに可愛らしいお顔なら受けてくれると思いますわ」
黙っていれば言いたい放題だ。
でも、私とでは場数が違いますわ。下手に対抗しようとしても、きっと失言を拾われるだけですわ。
それでも、ヴァロアナ家公爵夫人であればこの状況を軽視するべきではない。
ここまで言われれば、アナタも黙っていられないでしょう?
「ん? ネックレス? まぁ、この場ではそんなもの、大した見せ物にはなりませんわよ?」
「……いえ、ただの眠気覚ましですわ」
「?」
全員が意味が分からないという顔をする。
「だって、ふふっ。あまりにも退屈なお話でしたから」
「なっ、んですって……」
「あぁ、ごめんなさい。久しぶりのこういうの。何百年経っても変わらなくて興醒めと言いますか。まぁ、とにかく」
マリアにまっすぐ扇を向ける。
「もうよろしくて? あなたの言う貴婦人の交流は確かに大事ですわ。でも、恋敵にすらならない負け犬の吠えあいに参加なんてなんの意味もありませんので」
ずっと一歩離れた場からほのかに笑っていたマリアの顔は、一瞬で怒りに震える。
「あなた……ただの男爵の身で……」
「ですから、身分で言うのであればこの取り巻きは私によりずっと下になりますのよ? それを重々理解されていらっしゃるのかしら、皆さんは」
立場が逆転する。同じ公爵であるマリアを除き、取り巻きの令嬢はそれよりも低い身分。すでに婚約者であるルーシス様が公爵となり、婚姻書の受理待ちの段階で、ミラが辞退しなければその事実は揺らぐことはない。
「あの、それは……」
「別に私たちはただ心配しただけで……」
「それが無礼だと言っているんですわ。不快ですので、消えていただけるかしら? 私でしたら、今お顔をはっきり覚えられる前に退散致しますわ」
にっこりと、微笑みを浮かべて。その一言で取り巻き達は慌ててどこかへと散っていく。
「…………」
もう微笑みを忘れたのか、マリアは怖い表情のままこちらを睨む。
「今日はご招待感謝しますわ。私の夫のために、有数のツテを募って下さったのでしょう? これでますます、ヴァロアナ家は安泰ですわね」
「っ!?」
「あぁ、それと。今後は招待状なんて自粛お願いしますわ。今日はそれを伝えたくて来ましたの。紹介の場なんて設けなくても、私と仲良くなりたい令嬢は自分で選びますことよ?」
まさか、社交界に慣れていないはずのミラがここまで強気になれるとは思ってもいなかったのだろう。言い返す言葉もない彼女に背を向け、テラスへ向かう。




