4.視えます、よね
「私が、1人になりたいと言ったんです」
「っ!?」
騎士達はもちろん、ルーシスも驚いた表情をする。先ほどまで気弱だとばかり思っていたレディが、凍りついた空気をものともせず、堂々と言葉を放ったからだ。それも、まるで他家の家臣をかばってるようにすら受け取れる発言だ。
「……たとえ、あなたがそう言っても、気が散らないよう警備するのがこの者たちの役目なのですよ」
「私は、毎日山を上り下りしています」
「!?」
「時には高い木に登り、必要とあれば枝を切り、石を使って固い土を掘ることも、その身1つで崖をくだることもあります。そして、かごいっぱいの山菜やきのこ、焚き木を背負い、家路までの数キロを日が暮れるまでに急いで帰るのです」
「????」
「それがどういうことかお分かりいただけますか?」
「…………」
「屈強な騎士様達に力で敵うことはありませんが、足の速さだけで比べれば、私が彼らに負けるとは限りません。まして、重装備を身にまとう方々には」
「……なるほど。つまり、この者たちがあなたに追いつけなかったのは仕方がないことだと?」
「はい。いえ、ええと、ですから……今一度彼らの実力を見極める機会を与えてから判断されるのが筋かと」
「……確かに、あなたは公爵様を助けた実績がありますね。レディを非力な存在だと決めつけた僕もまだ未熟だったようです」
少し考えると、ルーシスは騎士達にもう一度チャンスを与えると伝える。全員が命拾いをしたとばかりにこちらに熱いまなざしを向ける。
「レディ、いえ、ミラ様ありがとうございます」
「感謝致します」
「このご恩はお忘れ致しません」
「いえ、あの……良かった? です」
安堵とともに、脳内は後悔と焦りでいっぱいになる。
なんてことっ、なんてことでしょう!! 私の大バカ者!!!! 次期当主様に向かってえらそうなことを!!!!!! それに、木を登るだとか、穴を掘るだなんて言わなくても良かったじゃない!! あれじゃあ私が超貧困のとんだじゃじゃ馬田舎娘丸出しですわ。お父様にも黙っていたのに……いえでも、騎士様達の一大事に関わる以上説得力を増すためにも……ですが、これではアレが視える関係なく、引かれてしまいますわ。こんなこと知られては、とてもお嫁になんていけませんわ。うぅっ。
ふと、抱きしめられた時のことを思い出す。
きっと、ルーシス様にも呆れられましたわね。
「ミラ嬢」
気づけば目の前にルーシスが立っている。
「はっ、はい!?」
「もう夜も遅いですから、どうぞ部屋までお送りしましょう」
あくまでも、ミラへの口調はずっと穏やかだ。だが、その気遣いも、なぜか追い出されたようで、胸がキュッと苦しくなる。
「……はい」
「こう見えても……」
「……?」
「僕も身体は鍛えていますから、良ければ部屋まで送る名誉を授かっても? ちょうど身軽な格好ですし」
「おっ、お願いしますわ」
まさか、ルーシス様自ら送ってくださるなんて!! でも、少し笑ってらっしゃるような……やっぱり、品がないと思われているのかしら。
「あぁ、そうだ」
騎士達を下げ、ルーシスのエスコートを受けながら部屋へと向かう。今思い出したようにさりげなく尋ねられる。
「どうしました?」
「塔を走り回っていた理由を聞いても?」
「えっ、それは……あまりにも立派でしたので?」
「ほぅ、なるほど。それは光栄ですね」
「…………」
「……この屋敷も、黒ばかりでは女性受けも悪そうでしょう? 生前、母もうんざりしていましたから。世間では不気味がられているというのに、ミラ嬢は本当に面白い方だ」
「そんな……あっ、ですが!! ほら、彫刻は素晴らしかったですわ。全て黒というわけではないのでしょう?」
「……と言いますと?」
「もちろん、黒い天使……も意外性がありますが、どれと繊細なデザインで美しかったですわ。でも、ヒョウだけは白なのですね。家紋にしていらっしゃると聞きましたが、とても際立っていて……」
明らかにルーシスの顔色が変わるのが分かる。
「あの、どうかしまし……」
「ミラ嬢」
話を遮るように名前を呼びれ、足を止める。
「?」
「人ざるものが、視えるのですか?」
「っ!?」
あまりにも唐突すぎてか、一瞬頭が真っ白になる。
視えるって、言いました?
人ざるものって……
決して、他の人にバレてはいけない。
それは、家の世間体だとか、幼い後継ぎであるヨコラの将来を案じて言われたことではない。
「いいですか、視えてもソレに関わってはいけません。見ない、聞かない、関わらないを通すのです」
起きていても、まるで悪夢を見るかのように怯えるミラを想って、両親がお守りのように言い続けたことだった。
「視えますよね?」
固まるミラに、ルーシスはもう一度聞いてきた。
「あのっ、それは一体なんのことを……」
「いいですか? 明日、お祖父様……いえ、公爵様に彫刻の話をされたら、ヒョウは黒だと言って下さい。分かりましたね?」
「黒?」
「そう、黒です。そうすれば……明日、家族が一生遊んで暮らしても使いきれないほどの褒美とともに、すぐに家に帰れますから。分かりましたね?」
「え、分か……りましたわ」
ミラの返事に、ルーシスはホッとしたような苦虫を噛み潰したようななんとも言えない微妙な表情をする。
「僕から言えることはそれだけです……念のため、今夜は部屋の前に別の騎士を立たせます。あなたの許可なしでは部屋には入らせませんので、良いですね?」
「はい。大丈夫ですわ」




