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3.こんにちは、次期当主様

「あのっ、やっぱり1人の方が落ち着くのですが……」


 ついに、遠慮の限界を迎えてしまった。


 とうとう、言ってしまいましたわ……でも、やっぱり大丈夫でしょうか。

 

 自分で言ったものの、失礼ではなかったかと緊張で心臓が飛び出しそうになる。


 だって、これでも数時間耐えたんですわ。


 いくら侍女たちだからって、今日初めて会ったばかりの知らない方たちにこうも囲まれてしまっては、眠れるはずがありませんわ。


 そもそも、家族以外の方に寝姿を見られるなんて、経験がありませんわ。


 失礼と追い出されてしまうとか!? それとも、公爵様の気遣いを無駄にしたと責められてしまうでしょうか。あぁ、ますます死刑宣告を自ら急いでいるような……いえ、優しく出迎えてくださいましたし、挨拶のこともお怒りになられてなかったわ。それに……


 


 視線は苦手だ。慣れない環境が、幼かった日の悪い思い出を思い起こしてしまう。





「……承知しました」


「え……」


「何かあれば鈴を鳴らしてくださいませ」


「えぇ……」


 ものの数秒で全員が下がる。急に誰もいない空間に、こんなにも簡単に下がってくれるのかと気が抜ける。急に人気のなくなった部屋からは、物音1つしなくなる。


「………………お父様は、大丈夫でしょうか」


 そっと部屋を抜け出す。


 決して、お父様の顔を見たら安心して眠れそうだとか、そんな甘えた理由ではありませんわ。そう、打ち合わせ、ですわ。明日のことについてお父様に確認したいだけですもの。


 まさかお泊まりすることになるとは、想定外だった。


 ドアを開けても、あんなにいたはずの使用人たちの姿はなく、広い塔に1人でいるこの状況にいても立ってもいられなくなる。


 お父様は、確か別の塔にいると……


 気づけばどんどん早足になっていく。塔を結ぶ通路を一気に駆け抜け、やみくもにお父様の居場所を探しまわる。


 なぜ、ここまで誰もいないのかしら。いえ、夜中ですしやっぱり皆さん寝ていらっしゃる? 先ほど私の部屋にいたのは客人だから特別だったとか? 大きい屋敷なら交代で使用人の方がいると思ってましたけど、それは私の勝手な想像ですし……


 誰かに聞けば良いかと抱いていた淡い期待が徐々に焦りに変わる。


 元の場所に戻れるかしら……


 気づけば全力疾走で塔を移動していた。


 変ですわ。こんなに広い屋敷に、人どころか、ナニもいないなんて。


 誰か、誰かいませんの? 


「っ!?」


「きゃあっ!!」


 角を曲がったところで、突然現れた人影にぶつかりそうになる。


 っ!? どうしましょうっ、止まれませんわっ。

 

 思わず目をつぶる。


 


 間に合わず、急に止まろうとした足はもつれ、そのまま床へ倒れそうになる。その一瞬、誰かが身体を引き寄せるように受け止め、そのまま一緒に倒れこむ。


「っと、怪我はありませんか?」


「??????」


 床にぶつかった感覚はなく、誰かの腕の中におさまるように座り込んでいることに気づく。顔を上げると、少し焦ったようにこちらを見るその方と目が合う。


 黒い瞳に真っ黒な髪……なんだか見覚えのある雰囲気の方ですわ……


「ええと、大丈夫、かな?」


「えっ、あ……えぇっ!? ありがっ、あっ、大丈夫ですわ!!」


 ほとんど抱きしめられている状況にようやく気づく。慌てて立ちあがったせいか、勢いのまま後ろへ重心が傾く。


「あっ……」


「落ち着いて、大丈夫だから。ほら」


 もう一度つかまれた手を、今度はゆっくりと引き寄せられる。


「あの、重ね重ねありがとうございます」


「こちらこそ申し訳ない。つい考え事をしていてすぐに気づかずとんだ失礼を」


 あぁ、そうですわ。この感じ、ヴァロアナ公爵様に似ていると思ったんですわ。


 優雅な一礼に、穏やかな口調、優しい物言いに見えて、どこか距離を感じる威厳。その雰囲気は、手の温かさとは異なり、なぜか冷たいとすら思えてしまう。


「ところで、そんな薄着でレディが一体どのようなご用件で?」


「え?」


 改めて自分の格好を見る。ネグリジェなど、余計な洗濯物を増やすだけだからと、屋敷では着たことがなかった。まして、お父様の顔をみたらすぐに戻ろうと安易な考えで走り回っていたため、上着を探すこともなく出歩いていたのだ。


「〜〜〜〜っ!!!!!!」


 声にならない悲鳴で赤くなるのが分かる。公爵邸で、全力疾走をして、更に若い殿方にあられもない姿を見せてしまうとは。アレが視えるとか以前の問題だ。


「これを」


 ふわりと肩から上着をかけられる。さきほどまで着ていた体温が伝わり、冷えた身体が温まっていくのが分かる。お礼を伝えようとした時、バタバタと警備をしているであろう騎士達が慌ててかけつけてきた。


「もっ、申し訳っ、ございません……お怪我は……」


「想像以上にっ、足が……速く、こちらの塔に入るのを止めるのにっ、間に合いません、で」


 息を切らし、屈強な騎士達が頭を深く下げている。


「あぁ。確かに足は速かったね」


「…………!!」


 目が合うと、優しく微笑みかけられる。


 だが、騎士達を見るその表情は無そのものになり、あからさまに冷たい口調で空気を凍りつかせる。


「それで、彼女がこの屋敷で怪我でもしたら、どうするつもりだったわけ?」


「申し訳ございませんっ、ルーシス様」


「ルーシス様って、まさか……」


 その名を聞き、お父様から教えてもらったヴァロアナ公爵家、次期当主の名前を思い出す。


「あぁ、失礼。自己紹介がまだでしたね。僕はルーシス・ヴァロアナ。我が屋敷へようこそおいでくださいました。以後お見知りおきを」


「あっ、あの私は……」


「父の命の恩人と存じております。ミラ嬢。家臣たちが失礼な態度をとり申し訳ありません」


「失礼なことなんてっ」


「大切なお客様の身の安全を脅かすなど、この屋敷であってはなりません」

 

 同じ人、ですわよね??


 こちらに向けるにこやかな態度とは変わり、重い空気感が騎士達へ向けられる。


「信頼に欠ける者がどうするべきか、分かるよね?」


 その言葉に、血の気を失う彼らを見れば、それが解雇などといった生易しい内容ではないことは明らかだ。



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