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39.露骨なマウント


「…………」


 沈黙をつらぬく公爵とは異なり、大神官はすぐに笑い出す。


「はは。いや、失礼。母親の、あーー、両親のことは、事故とだけ聞いておりますよ」


「公爵様、どうなのですか」


 大神官の言葉をほとんど遮るように、公爵様に再度確認する。


「……その確認のために黙って侵入してきたのか?」


「父から遺されたメモにこのような記述が書き残されていたので」


 公爵の威圧にも負けない勢いで、あのメモ帳を取り出すと、ぐちゃぐちゃに書き殴られたページを見せつける。


「……それがなんだと言う」


「っ……」


「まぁ良いではないですか。公爵様。今日私がここに来たのも、彼にとって関係のない話ではありませんでしょう」


「それはどういう……」


 大神官の言葉に、公爵が怪訝そうに反応する。


 ここまで会話を黙って聞いていたミラは、目をそらさないでいた塊が大きく動く瞬間を見逃さなかった。



「ダメです!!」


 その悲鳴に近い叫び声と同時に、窓のない空間に強い風が吹き荒れる。そして、護衛隊達が何事だと慌てて体勢を正そうと苦戦するその瞬間にも、ミラの目には大神官を飲み込むように黒い塊が押し寄せるのが見えた。


「ルーシス様!!」


「っ!!」


 目の前に立ち塞ぐように両手を広げ、ミラにしか見えない塊から彼を庇う。


『来た……キタ……ヤメテ……来たっ……この日を500年、待チワビタ……ダメ……老イタ 当主……ようやく……我がモノに』


「っ!?」


 公爵様を見る。護衛隊に囲まれて分からなかったが、いつもの毅然とした立ち振る舞いとは異なり、どこか弱々しく見える。


「待ちなさい!!」


 公爵を飲み込もうとする大きな塊は、まるで鬼のような姿に変わる。無数の魂を身にまとい、ミラの声に一瞬振り返る。だが、その表情は余裕すら見える。


『ヴァロ……アナ家、嫁は……ワレのエサ……ジャマ……ジャマバカリ……モウスグ……スベテ!!!!』


「〜〜〜〜っ」


 なんて姿……それに、あの鬼に取り込まれているのは、かつて大神官に取り憑いていた無念の人々じゃ……必死で抵抗してくれているんですわ。


「ミラ!! どうした!? 身体が、動かない。僕の後ろに下がってくれ!!」


 ミラ以外、目に見えない邪鬼の力に抵抗が出来なくなっていく。


 でも、私もどうしたら……


 かつて見たどんなおぞましいアレよりも、ソレを恐ろしいと本能が警告していた。自然に涙が出そうになるほど、強い恐怖を感じざるをえない。


「お待たせしましたーーーー!!」


 馬とともに、問答無用で階段を一気に駆け上がってきたローは、そのまま髪飾りとネックレスをミラに掛けながら手渡す。


「っ? これは??」


 はたから見れば何もない空間で大神官は倒れ、公爵付属の護衛隊は膝から崩れ落ちた状態からなぜか立ちあがろうとしない。そして、半泣きでルーシス様の前に立ち両手を大きく広げるミラがまるで救世主を見たような表情で品物を受け取ったのだ。


「2人は下がって!!」


 ミラの指示に、ローの後ろにしがみついていたリンがすぐさま反応する。


「かしこまりました」


「えぇっ!?」


 そのまま馬の手綱をグンと引っ張り、止まる事なく場を離れる。


 ローが塔に戻った時、まるでこの事態を想定していたかのように馬を用意し、ネックレスと髪飾りを手に持ち待機していた仕事の出来る侍女頭、リンは何の迷いもなく馬に一緒に(またが)ってきたのだ。


「おい!! なんか知らんが私はルーシス様とミラ様の側に行く!!」


「いけません!! ミラ様のご命令です」


「主人の危険に駆けつけるのが騎士だぞ!?」


「よく分かりませんがっ!!」


 リンのよくとおる声に、ローは一瞬たじろぐ。


「公爵様がお倒れになっているというのに、ヴァロアナ家の屈強な護衛隊を含めルーシス様が固まるなど何かあるはずです」


「それは分かっている。私は毒の訓練も当然受けて……」


「そして」


「っ!?」


「ミラ様が下がってと。目を伏すことなくおっしゃったのです。私は主人を信じます」


「…………」







「さぁ、あなたも力を貸してよね」


 手に握られた髪飾りをくるくるとまとめた髪に刺し、ネックレスを片手に腹をくくる。


「うぅっ。髪飾りは必要ですの? 吐き気がしますわ。身体の使用契約がなければこんな表に出てきませんわよ?」


 頭を片手で抑え、明らかにスキだらけの構え。だが、髪飾りが邪魔をしているのか、ミラの身体に覆い被されない。


『塔の……イシ……チカラ、ウバッタノニナゼ……』


 「あらぁ?? せっかく生身の身体だっていうのに、こんな醜男(ぶおとこ)が相手だなんて残念ですわ。でもまぁ、ふふん。旦那様の為ですものねぇ。それに、私もだてに長くこの世に踏みとどまってませんことよ? 私の力にこの身体の相当な能力、存分に披露してさしあげますわ」


 ミラの意識はかろうじて残っているが、ぐいぐい意識を乗っ取ろうとしているのが露骨に伝わってくる。



 ぐっ……協力で貸しているのよ?


 あら、分かってますわ〜。まずはアレを倒すことに集中しないと、命も危ないですわよ? 



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