38.惚れたか?
「つまり、公爵様に何かが憑いているということか?」
「はい、浄化石のカケラは、公爵様自身が気を失っている時に傷つけたものだと」
「…………」
「信じ、られませんよね。急に。それも、彼女からの話だと言われても」
視えないルーシス様に、アレの存在も、その話を信じて欲しいと願うには重すぎる。
「……この塔に黙ってきたのは、これを取りに来るためだったんだ」
懐から出した小さなノートは、随分と古びている。
「それは?」
「本当は、僕が公爵になった時に読むつもりだった。父の……日記みたいなものだ」
「お父様の……」
「公爵様もこの存在は知らない。これは、僕が覚えている父との数少ない記憶の1つだ」
「…………」
「父は……アレの……君の言っていたとおりだった」
「っ!?」
「優しい人だった。母のことをいつも大切にしていた。だから、仕事にも関わらせなかった。君は何も背負う必要はない。それが口癖だったことをよく覚えているんだ」
ルーシス様が私にヴァロアナ家の役割に関われせようとしなかったのは、お父様の影響だったのね。
「でも、アレが……何かが両親をおかしくさせたんだ」
そう言って見せたページは、途中から書き殴ったような乱暴さが目立ち、最後には同じ言葉ばかりが書かれていた。
「アイツが来る?」
「…………お祖父様は一度公爵の位を父に正式に譲っていたんだ。ずっと、誤解していたよ。父にはその資格がないと僕には言っていたからね。でも、爵位を譲ったその日に……」
「…………」
そっとメモを閉じる。
「ご両親は優しいお方だったのですね」
「あぁ。だが、公爵様は違う。ずっと、気を抜かないよう教えられてきた。だが、最近は塔に閉じこもってばかりだが、どうやら原因はソレに関係があるようだな」
「……急いだ方が良い気がするんです。おそらく、あの人が来ているのも、アレが操って呼び出した可能性が……」
「あの人?」
廊下へと急いで向かう。見張りに立っていたローは少し驚くと、すぐに状況を察したのだろう。手を胸の前に、頭を下げ指示を待つ。
「ご命令は?」
「彼女の部屋から髪飾りを、それと、念のためネックレスも持ってきてくれ」
「すぐに戻ります」
ローはすぐに窓から飛び降りていった。
「ミラ……君も戻るべきだと言いたい。父の手記には、自ら母を道連れにしたようなことがつづっていた。だから……」
そっとルーシス様の唇に手を当てる。
「ふふっ、言いましたでしょう? お守りしますと」
「っ!?」
「それに、私だから出来ると思うんです」
アレが視えないよう何度願ってきただろう。でも、今は感謝すらしますわ。
手を握り、最初に感じた部屋の方へと急ぐように向かう。途中、護衛と何人か鉢合わせしそうになるが、ルーシス様が瞬時に背後へ回り気絶させていた。
「やれやれ、公爵家の護衛がこんなレベルだとは呆れる。いくら塔内に侵入がほぼ不可能だとしても、これでは、彼らがいる意味がないな」
「いえ、あの……一体どうやって……」
「見惚れたか?」
「あぇっ!?」
「すまない。こんな時に言うタイミングではなかったな。ただ、先刻の君への態度を謝りたい」
「そんな、いきなりそんな話をされて何も思わない人はいませんし……」
一瞬の油断だったかもしれない。角を曲がった時、一気に周りが真っ黒になったのが分かった。
「おや、またお会いしましたね」
気配はあった。だが、騎士より優秀疑惑の出たルーシス様が気づかないなど、ありえない。
「っ!?」
ミラの反応は更に遅れていた。視えていたものが違った。
「どうかしましたか?」
「公爵様……それに、大神官様……」
「んっ? なぜ2人がここにいる?」
護衛隊がすぐに囲うものの、彼らも相手が相手だけに指示を待つ。
「…………っ」
だが、それどころではなかった。何倍にも増大したアレの塊。ソレの悲鳴が大神官達の声を遮断する。
「公爵様、突然の訪問失礼致しました。こちらの大神官様に、早急に確認したいことがあり、正式な手続きを踏まずお邪魔させていただきました」
固まるミラをすぐに自分の方へ引き寄せ、ルーシス様が代わりに挨拶をする。
「勝手に? 最近甘やかし過ぎたようだな」
公爵様のルーシス様を見る目は冷めたものだが、大神官がそれを止めるように愛想笑いで返事をする。
「ほぉ、それは気になりますなぁ。我々は遠縁とはいえ、親戚も同然の仲。今までもは少行きすぎたことはあっても、こうしてお互い歩み寄ることが必要でしょう。それに、ようやくここへ来れたのですから……お近づきの印に何でもおっしゃって下さい」
「なぜ僕の両親は亡くなったのでしょうか」
「っ!?」
「っっ!!??」




