32.約束はいつまでも有効です
これは、一体どういう状況なのでしょうか。
あれほど殺伐としていた空気は嘘のように、公爵様は堅苦しい応接間ではなく、明らかにプライベートな部屋に招き入れ、なぜかお茶菓子まで用意されていた。
こんな時間に?? いつもは外のテラスでと決まっていますのに。
「お久しぶりでございます。こうしゃ……」
「あぁ。良い良い。堅苦しい挨拶など。今日はそういうのではないのだろう? それで、どうした?」
「っ!?」
堅苦しいっ!?
思わずルーシス様の顔を見る。部屋に案内されもてなしを受けるだけでなく、挨拶も断る。それどころか、いつもより表情も柔らかい。
「……お願いがあり来ました」
固まるミラをそのままに、ルーシス様は予想していたようにこの状況を受け入れている。
「それは分かっている。これを持ってきたのだからな」
そう言うと、先ほど門番に渡した古いカードを出す。心なしか、ルーシス様の方はいつもより苦々しい。
「もちろん、なんでも聞こう」
「………………浄化石のある塔に入る許可を頂きたく」
「うん?」
こちらの心臓がもたない。
あれだけ出入りを禁じられている塔への許可を言いに来たなんて。私のせいで……
「お願いします………………おじい様」
「いいだろう」
「っ!!??」
もう一度、ルーシス様を見る。おじい様と言うのは初めてではないが、塔の敷地に入っただけであの騒動だったというのに、こんなにも簡単に許可するとは。
「それよりも、ケーキとお茶を用意したのだから、一緒にどうかね?」
「いただきますわ」
「いっ、ただきます」
「ふむ。それにしても、王室のパーティでは良い働きをしたらしいな」
紅茶を飲む手が止まる。ヒトル皇太子につくような宣言をしたことが耳に入っているのだろう。
「……問題でも?」
「まぁ中立を貫いてきたヴァロアナ家としては好ましくはないが、考えがあってのことだろう。次期公爵として行動しろと言ってる以上、とやかく言う気はない」
「そうですか」
「それに、お前に熱心に届いていた見合いの申し出がピタリと止まったのもようやく周囲が諦めたという証拠だろう。お披露目としては成功だ」
「ありがとうございます」
ホッとする。どうやらお怒りになっている様子ではない。
ルーシス様がずっと警戒されているようだったから、もっと突っ込まれた話をされるのかと思ってましたけど、どちらかと言うと今までで1番家族らしい雰囲気ですわ。
「公爵家としての働きは問題ない。それで、ルーはちゃんと君に婚約者として失礼な振る舞いはしてないかな?」
「…………ルー?」
ガタッ!!
飲んでいたお茶がひっくり返るのではと慌てて抑えるほど勢いよくルーシス様が立ち上がる。
「その呼び名はっ!!」
「今は孫として来たのだろう。これを使ってでも塔に入りたいとおねだりするほどの目的は知らんが、先に始めたのはお前だ。ルー」
そう言うと先ほどの古いカードを内ポケットから取り出し、見せるようにテーブルに置く。
「っ!!」
(なんでもケン)
子どもの字で、おぼえたてで一生懸命に書いたのが伝わるそのカードを慌てて取ると、顔を真っ赤にさせながら突き返す。
「分かりましたから、どうか閉まってください」
「????」
「まぁ良い。だが、これで最後だ。婚約者を持った以上、じきに家督はお前にゆずる。中途半端な行動は身を滅ぼすと、分かっているな?」
「…………えぇ。もちろん」
最後はいつもの公爵様の誰も寄せ付けない重々しい雰囲気となり、別れを告げる。
先にルーシス様が部屋を出るためドアを開ける。その離れた一瞬のタイミングで、後ろからボソリと公爵様が言葉を放つ。
「……中途半端な行動と言ったのは、君のその力を活かせという意味もある。分かっているな?」
「…………もちろんですわ」
あの時公爵様は私に向けても釘を刺す言い方をされていたわ。
アレが、ルーシス様に群がるようにまとわりついていた光景を思い出す。
まずは、この身体を完全に取り返さないといけませんわ。
「…………」
「…………」
「…………」
「……子どもの時の約束だ」
ミラが今は大人しい自分の内側のことを考えていると、なぜか沈黙に耐えられないといった様子でカードの話しをし出す。
「え?」
「だからっ、あれは、まだ字を覚えたての子どもの時に作ったカードで、たまたま捨てていなかっただけだ!!」
「えぇと、はい」
「ヴァロアナ家は取引きした約束は決して破らない。例え、子ども相手でもだ。浄化石に近づく為には仕方がなかったんだ」
「そうですの」
「決してあの頃みたいに泣きつくとか、そんなことではない!!」
「泣きつく?」
「〜〜〜っ!? いや、忘れてくれ」




