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30.抱きしめてください

「ラッ、ミラッ……平気か?」


「えっ、あれ。ルーシス様??」


 気づくと抱えられ、焦ったように名前を呼ばれていた。


「〜〜気づいたか」


「あの、これは一体どういう状況で……」


「まったく……君がいきなり一点を見つめたかと思ったら急に濃い霧が出てきたんだ。名前を呼んでも返事はないし、ようやく霧が晴れたと思ったら動かないから焦ったぞ」


「それは、すみません……あの、私が話している声は聞こえてましたか?」


 レディとして、人として、色々と問題な振る舞いを見られていたと思うと、今更羞恥心と後悔が押し寄せる。


 無我夢中で……でも相手は人間ではないですし、情にほだされれば乗っ取られる可能性もありましたし。うぅ、でもあのような修羅場をルーシス様に見られてたなんて……


「会話? 霧が出たのはほんの数十秒程だが。その間に何かあったのか?」


「そんなに短い時間……でしたの?」


 アレが令嬢の姿に変わってから、周りの空気も変わった気がしてましたけど……


「彼女と話をしたんです……」


「彼女?」


「アレに変わり果てる前の姿ですわ」


「っ!! それで気を失っていたのか? とにかく、すぐに屋敷へ戻ろう」


 ルーシス様が心配しているというのに、思わず気が抜けてしまう。



「………………いいえ。それより、もっと抱きしめて欲しいわ」


「っ……っ!?」


「ダメ、かしら?」


「いや、ダメなわけ……えっ、と?」


「まぁ、ふふっ。こんなに心臓が……私も久しぶりに胸が高鳴ってますのよ? ほら確認して下さる?」


「待っ、待て。とりあえず、屋敷へ戻ろう」


「……では、このまま」


「このまま?」


「抱きしめたままお連れしてくださる?」


「それはもちろん……だが、やはりどこか調子が悪いのか? いつもはなんというか……嫌がるだろう?」


「こんな素敵な殿方に抱えられるのを嫌がるわけありませんわ」


「…………先にプレゼントがある。受け取ってくれるか?」


「まぁっ。それは是非」


「少し目を閉じて待っていてくれ」


「ふふっ」


 少し離れたところで待機させていた従者に馬車から荷物を持ってくるように指示をする。彼が近づくと、ミラの様子は変わり、掴まれていた手を振り(ほど)こうとすらする。


「っ!!?? 嫌っ!! なんだか、すごく嫌な気分ですわっ!!」


「どうして? 喜んでくれただろう? この髪飾りは唯一無二の品物だ。ミラの為に用意したものだろう?」


「でも、すごく嫌ですわっ。離しっ……っ!?」


 片手は腰をつかんだまま、唇で動きを封じると、そのまま受け取った髪飾りをもう片方の手で髪にさす。


「…………気分はどうだ?」


「ん……あ、れ? ルーシス様??」


「ハァッ。どうやら、本物の君だな」


「はい? あの、それよりお顔が近いのですが……」


 先ほどの積極的な様子とは異なり、顔を真っ赤にする。


「君からおねだりしてきただろう?」


「おなだりって、っ!? きゃあ」


 先ほどのリクエストに応えるように、馬車までそのまま抱えていく。




「一体、何が……」


 馬車に戻ってからも、膝の上に抱えた状態から降ろしてくれる様子もない。


「それで? どこまで覚えている?」


「どこまでというのは……あの場にいた彼女と話をして解放と離れることに納得してくれたんです。それで、その話をしようと思ったら、つい……」


「ん?」


「……ルーシス様のお顔を見たら安心して、きっ、気がついたら、くっ、唇が……その、重なって……」


「〜〜っ、無理やりするつもりはなかった。だが、どうも君がその彼女に操られている状態で……仕方なく……いや、他に方法はいくらでもあったな。その……すまない」

 

「操られていた?」


「〜〜〜〜っ、だから……目の前にいるのは君なのに、態度が……恥じらい方も、触ってくる感じも全部別の人間に感じたんだ」


 触ってくる感じ?? って、まさか、私ルーシス様に何かしてしまったということですか!?


「〜〜〜っ!!??」


「問題はないっ、最終的にリードは僕がした」


「っ!?!?!?」


「ごほんっ。それより、乗っ取られたということか?」


「おそらく、最期にとお願いを聞いてしまったことが良くなかったのかと……」


 アレ相手に情けをかけてしまった。生前の、人の姿に思わず同情し、あの場を離れても消滅しない条件を与えてしまったのかもしれない。


「すみません」


「君のせいではない。それに、僕でも分かった。霧の晴れたあの土地は、どことなく空気が澄んでいた」


「ルーシス様……」


「とりあえず、屋敷へ戻ろう。大神殿より、その方が良いだろう?」


 髪飾りをそっと触れる。これがなければ、アレに身体を乗っ取られたままだったのだろうか。


 気を許してはならない。


 思わず拳を固く握りしめる。


「えぇ。お願いしますわ」




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