25.祓えました
しゃべっ……た? いえ、それだけなら今までも何度か経験がありますわ。でも、今回は……触れた感覚が……
「…………」
えいっ。
もう一度、今度はアレをはたき落とすようにルーシス様の肩の方に平手打ちをする。
『アアアアアアッ!!!!』
耳をつんざくような奇声を出し、下に叩き落ちるようにアレは消えていった。
「っ!!??」
「……ミラ? 先ほどから何を?」
抱きしめていたはずのミラがそっと離れたのかと思えば、肩を思いのほか強めに平手打ちするかのように空を切られ、戸惑ったようにこちらを見る。
「いえ……今……」
私……今、アレを追い祓いました。なんて言える空気ではありませんわ。つい先ほどアレに関わらないで良いと言ってくれたルーシス様に、取り憑いていた生き霊を取りましたなんて……どう説明を!?
「今?」
「虫がいましたので……」
「なんだって? 大丈夫?? すぐに新しい馬車と交換するから一度降りて……」
「まったく問題ありませんわ!! 私……山には慣れておりますから、むしろ久しぶりの虫に懐かしさが出たくらいですわ!!」
「そっ、そうか……」
「えぇ。ですから、お気になさらずに」
なんてことですのぉ!! 山を走り回る過去ですら悔いていますのに、虫好きな女性だなんて思われてしまいましたわ。
あの優雅さと気品を身にまとっていたマリア令嬢を思い出す。
「…………ルーシス様は」
「ん?」
「どっ、何がお好きですか?」
どういう方が好きなのか、出かかった本音を飲み込む。
「何が? 食べ物なら何でも食べるよ。強いて言うなら、手軽に食べられるものだとありがたいかな。身体を動かすのも嫌いじゃない。身を守る為に身につけたものばかりだけどね。それから、最近気づいたことだが……」
「?」
「今までは1人でいる時間が好きだと思っていたが、今はミラと話す時間が楽しみになっている」
「っ!! わたっ……ありがとうございます」
……私もです。
1つ嘘をつくと、なぜかそのあとも素直になれなくなる。
話すのが楽しいと言ってくれるルーシス様に、隠し事をしながら私もですなんて言えるわけがありませんわね。
「お帰りなさいませ」
侍女達が迎え、部屋に戻る前に着替えを手伝ってくれる。あの日から、ルーシス様とは同じ部屋を使ってはいる。共同部屋の他にもそれにつながるサブの部屋があった。そこはミラのプライベートスペースとなっており、ルーシス様にも同じような部屋がある。
それでも、この扉1枚でいつでもルーシス様に会えるんですわ。
護衛の必要のないただのドア。
ヴァロアナ家でそれが許されるのはこの部屋だけなのだ。
お互いどんなに遅くても、朝食は共にし、共有スペースで勉学から談笑、侍女に頼み、連れて来てもらえば、猫たちの世話が出来る。
最初は緊張しましたけど、寝室が別々な点、どこかほっとしてますわ。
「ミラ様、髪をほぐしますので、どうぞこちらへおかけください」
「…………」
「ミラ様?」
「あっ、いえ。お願いするわ」
次期公爵家夫人たるもの、使用人には必要以上に距離を縮めない。この口調にもようやく慣れてきた。
丁寧に外された髪飾りを見る。浄化石の破片とはいえ宝石にも引けを取らない輝きを放っており、つい先ほどの出来事を思い出す。
この石のおかげで、触れた? ヴァロアナ家に帰ってからは、いつも通り何も視えなくなりましたけど……
その効果が気になって仕方がなかった。
もし、本当にこれのおかげでアレらを追い祓えるなら……それは、公爵様にも喜ばしいことかしら? でも、ルーシス様はそういうのは望まないと……
うーーん。でも、あの人数の生き霊達に、外に出るたびに憑かれるのは視えなくても害はないんでしょうか。
「やぁ」
部屋着になり、共有リビングに入ると、先に着替えの終わったルーシス様がお茶を飲んでいた。
大きめのソファがゆったりあり、自然と2人の定位置は決まっていたが、今日は違った。
「えっ、ミア?」
ルーシス様の隣に座ると、ずっと噛みつかれていた肩をじっと見る。
「…………」
「……どうしっ、えっ!?」
片腕をそっと掴まれ驚く。今まで隣に座ることはあっても、それは授業で分からないことがある時など、決まって質問がある時だった。だけど、今は本も資料もなく、そんな雰囲気には見えない。
「…………ミラ」
「服を……脱いでくれませんか?」
「えっ!? 服っ!?」
「肩を見たいのです」
「…………肩?」
「ダメ……ですか?」
「いや、別に構わないが……」
「ん〜〜」
上の服だけ脱がされ、前からも後ろからも念入りにじっと見られる。
「何かあるのか?」
さすがに気恥ずかしくなり、声をかけるが聞こえていないようだった。
「ふぅ、お怪我はしていなさそうですね」
「怪我? するわけないだろう。僕は騎士たちとの手合わせでも隙を見せることはないっい!?」
「重だるさとか……痛みとか、ないですか?」
肩に手をおかれ、心配そうにさすられる状況に動揺が隠せない。ダンス以外で触れられることなどなかったというのに、今日に限ってなぜなのか。
いや、馬車で抱きしめておきながら、彼女にだけ理由を聞くのはフェアではないか?
ドレスアップをし、エスコートを受けながら練習どおり、表情を崩すまいと耳を赤くしながら頑張る彼女を愛おしく感じ、つい抱きしめたくなった、などわざわざ口にするのは恥ずかしい。
だが、なぜか肩の一部分を特に熱心に見つめられては、さすがに気になる。
「問題ない。むしろ、いつもより調子がいいくらいで……」
「そうですか」
明らかにホッとする様子に、ミラの頬に手を添え、視線を自分の方へと誘導する。
「もしかして、何かあったのか?」




