23.ニクイ……ニクイッニクイッ
「ご婚約おめでとうございます」
「先ほどは失礼致しました。かように華やかなレディがヴァロアナ家のご婚約者様とは」
「お近づきの印に是非我が家のパーティにも」
殿下より祝福され、正式な場で婚約者として認められたミラが下のフロアへ戻ると、手の平を返したようにミラにも声をかけてくる集まりに押されてしまう。
「あっ……」
「大丈夫か?」
よろけるミラをすぐに支えると、さっきより露骨に機嫌の悪くなったルーシス様のにらみに、何人かあとずさりをする。
「外へ出ようか」
「はい」
ルーシス様の誘いに安堵する。
人ごみの少ないところが何もないというわけではありませんが、少なくてもルーシス様にまとわりつくアレを直視しなくて済みますわ。
なんとなくだが、生き霊と当人の距離が近いほど、より濃く視えてしまう。
波長にムラがあるからなのか、それともこの髪留めのおかげか、ずっと視えているわけではないが、それでも距離を取ることに安堵する。
それでも……ここに来てから人の形がはっきりとした女性の姿が、ずっとルーシス様の右肩にまとわりついていますわ。なんとなく、顔立ちが分かるくらいということは、ここの会場に来ている方かもしれませんわ。
「ふぅ」
珍しく、ルーシス様が肩をだるそうに一息もむと、無意識だったのか、ミラと目が合うとすぐに止めた。
えっ、まさか……私に気づかれないように不調を隠してましたの??
「ルーシス様」
「ん?」
「肩、気になるのですか?」
「いや? 全然」
ええっ!? すごく涼しい顔でおっしゃってますが、嘘ですよね?? さっき肩が重そうにしていらしたではありませんか!! 当然ですわ。だって、ルーシス様の気を引こうとソレがすごく右肩にかじりついていますもの。
「やっぱり……」
「問題ないよ? それに、あったとしてもミラが気にすることじゃない」
いつも気遣うように言うそのセリフが、今日はずしりと重く感じてしまう。
確かに、私には祓うだとかは無理ですが……この場にソレの持ち主がいらっしゃるなら出来ることだってあるかもしれませんのに……
「ご機嫌よう」
拳に力が入ったタイミングで、誰も近づかなかったこちらにわざわざ声をかけてくる女性。ミラには一目で分かった。
生き霊の持ち主ですわ。
「ルーシス様、お久しぶりですわ」
一見、綺麗な黒髪に紅が似合う美人を体現したような女性が挨拶する。エスコートのパートナーが近くにおらず、わざわざ1人で来たのだと分かる。
「あぁ。これはどうもお久しぶりです」
ルーシス様の方は大して興味がないようにではあるが、返事を返している。
ルーシス様も無視は出来ないお方ということは、まさか……
「ふふっ、あいかわらずそっけないですのね。誰にでも冷たいからてっきり、愛想がないだけかと思っていましたが……ご婚約…………されたのですね? 直接お祝いをと、お父様には無理を言って1人にさせてもらいましたの」
こちらを見ると、優雅な一礼で挨拶をしてきた。
「初めまして、私、ロアナ家長女、マリアと申しますわ。お名前をお伺いしても?」
「ミラと……申します」
はたから見ても、綺麗という言葉はこの人の為にあるのではと思うほど吸い込まれるような微笑みを浮かべる。
でも……
ルーシス様の肩にかじりつくソレは同じ顔をしながら、怒りを露わにしている。
『クイ……』
「っ!?」
喋っ!? 本人が登場したのが影響して!? 喋っていますわ。
『ニ……クイ…ニクイ……ニクイッニクイッ!!!!』
……これは……本音と建前の仮面の差がすごすぎますわ。きっと、いえ確実にルーシス様を狙っていた方ですわよね。それに、ロアナ家って確か……
詰めに詰め込んだ授業を思い出す。
そうですわ。ロアナ家といえば、公爵家の1つですわ。ヴァロアナ家とまではいかなくても、長い歴史のある由緒正しい家柄。
「まぁ、可愛らしいお名前だわ……お顔を隠しているのは……私のことが信用出来ないってことかしら? 仕方ないことでしょうけど、なんだか悲しいですわね……」
「当たり前だろう。君とは初対面だ。ヴァロアナ家に嫁ぐ者の顔は正式な婚姻まで滅多に出さない……とうに知っていることだろう」
答える前にルーシス様が前に立つ。
「……えぇ、もちろん。元とはいえ婚約者候補でしたから。何人いたのか存じませんが。ミラさん……私がお会いしことないご令嬢が都市部にいるなんて驚きでしたのでつい。ふふっ、悪気はありませんのよ」
「もういいだろう」
「いいえ。だからこそ、お近づきにとご挨拶に来ましたのよ」
そう言うと、ミラの片手を握り聖母のような笑顔で甘く言葉を放つ。
「いくら身を守る為とはいえ、誰とも親交なしというのも息が詰まりますでしょう? 私で良ければ仲良くしましょう? それに、ヴァロアナ家ほどではなくても私も一応公爵ですの。親しくしていて損はないと思うのですけど、いかがかしら?」
「はっ、はぃ。是非」
「まぁっ!! 嬉しいですわ。是非とも今度は我が家にいらして。まだこちらには来たばかりでしょう? 都市部の美味しいお菓子を紹介しますわ」
これは、完全にどこぞの田舎から来たと思われていますわ。
まさか、公爵家である自分を差し置いて選ばれた婚約者が社交界デビューすら出来ない貧困貴族だなんて、想像すら出来ないのですわね。
甘い笑みを浮かべるその顔の横で、ルーシス様から離れないソレはこの間絶えず同じ言葉を繰り返している。
あぁ……とんだデビューになってしまいましたわ。
ここまでお読み頂きありがとうございます。ようやく、恋敵を登場させることが出来ました。良ければ、評価、コメントよろしくお願いします。更新の励みになります。




