22.ようこそ、王室へ
「殿下のご登場でございます」
その声とともに、2階の扉からこのパーティの主催者である王位第ニ継承権所持者、ヒトル皇太子が現れる。
高みの舞台から軽く下へと視線を下ろし、こちらと一瞬目が合ったような気がした。
「皆よく来てくれた……私の温室がようやく完成し、こうして皆に披露出来ることを嬉しく思おう。珍しい花を世界各地から取り寄せた。是非ゆっくりと楽しんで欲しい」
温室……??
温室のためにここまでのパーティをっ!?
思わずルーシス様を勢いよく見る。
「ふっ……さぁ、行こうか」
「え、そちらは……」
まさか、挨拶に行くっていうのは……殿下っ!? からですの!?
ヴァロアナ家が自ら挨拶に行くのは殿下くらいしかいないのは確かだが……
私、今日が社交会デビューですのに!?
せめて、同じ公爵家にして欲しいと願うが、ルーシス様の足はまっすぐと殿下へと向かう。
「やぁっ、ルーシス。やっと来てくれたのだな」
ヒトル皇太子は、ルーシス様とあまり変わらない年齢に見えるが、王族にしては人なつっこい笑顔を見せる。先ほどの登場の後、しばらくつまらない顔をしていたが、ルーシス様自ら挨拶に来たことに、満足したご様子だ。
「殿下、本日はご招待頂き、光栄でございます」
「ふふんっ。今までの数々の招待、何かと理由をつけて断ってくるものだから、君が来てくれるまで何かと理由をつけてパーティを開催する羽目になったよ」
っ!?
「……殿下を支えるべく、日々精進しておりましたので」
「おっと、これは驚きだな。こんな公の場で私への指示を表するとは、君らしくないなぁ……まぁ、いいか。ルーシスならそうだと思っていたよ」
一見、含みのある言い方に、どこか駆引きしているやりとりだが、そこまで威圧的には感じない。それどころか、堅苦しいルーシス様に対して、殿下は親しみを込めているようにすら思える。
ヒトル殿下からは、何も視えませんが……不思議ですわ。
石の髪飾りのおかげでか、いつもよりもアレが視えるわけではない。だが、会場に入った時にみせた強い執着があからさまだったように、王族ともなればもっと凄いものがと覚悟していただけに意外だった。
「…………」
「そうか、彼女のためか。それで……先程から君のエスコートを受けるレディの名を聞いても?」
殿下から話しかけられるまでは名乗ってはいけない。上位身分においてもそうだ。この会場で、ミラは誰よりも地位が低い。おそらく、いつまでも名乗れないミラに、正式な婚約者として宣言される前に、あわよくば娘をと思っての行動だったのだろう。家族間で正式に婚約関係を結んでいても、より良い条件があれば社会的に正式な場で紹介前の段階で覆す家柄も少なくない。
「僕の婚約者です」
「殿下にお目にかかれて光栄でございます……ミラと申します」
さすがに、殿下に挨拶する時には失礼だろうと、顔を隠すように持っていた扇を下げる。
「ほぅ……」
初めて素顔を見たヒトル殿下は少し驚いたような声を漏らす。
「ヴァロアナ家については、私ですら謎が多いが……こんな可愛らしい相手を選ぶなんて……もしかして、一目惚れ?」
「…………っ」
「えっ!? そうなのっ!!??」
いつも寡黙なルーシス様が頬をわずかに赤らめたことに殿下が見逃すはずもなく、衝撃を受けたようだった。
「あっ、あの……」
「いや、失礼。私の紹介ですら会うことも拒否した男が……いよいよ愛や恋など無縁かと思っていたが……どうやら誤解だったようだね」
「…………」
それ以上は何も話すまいと決めたように、いつもの無表情に戻る。
「はぁ、まぁ、君にも人間性があると分かって安心したよ。改めて婚約おめでとう」
殿下はそう言うと、手袋を外しミラに握手を求める。
「こっ、光栄でございます……っ!?」
握手と思った手は下から握られ、軽く口付けの挨拶をされる。その瞬間、光に包まれたようなライオンの守護獣が、ヒトル殿下の背後からその肩に顔を乗せ、王としての風格を全身で感じる。
「っお……」
「私の肩に何か……」
「殿下っ、他の者の挨拶も控えてますよね? それに、彼女も疲れているようですので」
ミラの視線に違和感を持った殿下の質問を遮るように、ルーシス様はミラを自分の方へ引き寄せる。
「あぁ、そのようだね。何か急にとても疲れたように見える」
「あっ、いえ……」
「ところで、彼女の実家は……」
「殿下」
「分かったよ。そんなに噛みつくような目はやめてくれ」
苗字を名乗らない事情を察してくれたのだろう。殿下はそこには触れず、周りの貴族たちがチラチラと気にしている視線に横目をやると、大きくグラスを掲げる。
「ヴァロアナ家の婚約者に、幸あらんことを」
殿下からの婚約の祝福の乾杯に、ミラは正式な場での婚約者として認知されることになった。
ヴァロアナ家に嫁ぐということは、実家をも巻き込んだあまたの策略の的になることを意味する。神殿のような後ろ盾や、公爵家のような大きな力がない場合は、姓を名乗るべきではない。だが、ミラの家はもう女性貴族として登録出来ないほどの窮地に立たされていた為、弟のヨコラのみ洗礼とともに姓を与えられ、いずれ嫁ぐミラには名前のみなのだ。
「ありがとうございます」
「これで君もとりあえずは安泰だな」
「えぇ、そうですね」
「いやぁ、独身仲間が減るとはねぇ」
「…………」
「冗談だよ!! ヴァロアナ家は揃いも揃って、お堅いねぇ」
「……では」
「失礼致します」
「はーい、ミラちゃんも、またね」
一瞬動きが止まるルーシス様だったが、何も言わずに一礼し下へと降りる。




