21.社交界デビュー
「さぁ、お手をどうぞ」
「えぇ、ありがとうございます」
豪華な馬車がいくつも並ぶ中、馬も、カゴも、装飾品すべてに黒を選ぶ一際目立つ馬車が到着した。そこでパートナーの手を取り、今まで表情など見せたことのないヴァロアナ家次期公爵が優しくエスコートし降りてくる。その顔はいつもより柔らかく、微笑んでいるようにすら見えた。
それだけで、婚約したという事実を受け入れられないでいた周りのレディ達は卒倒しそうになる。
「おっ、お相手の方は一体」
「それが、一切情報がない方らしいですわ」
「公爵様に見合う家柄なんて限られてますのに」
「今までは大神殿の家柄から選ばれていたそうですが、どうやら今回はそうでもないのだとか」
若くして公爵の座が約束されているだけでなく、その整った顔立ち、王族とも張り合える圧倒的な権力と財力を持つルーシス様のファンは少なくない。普段表に出ないヴァロアナ家でも、さすがに王主催のパーティには参加するだろうと、多くのご令嬢が参加していた。
「ルーシス様……」
「大丈夫。何度も練習しただろう?」
広間へと続くカーペットの上を、片手はルーシス様のエスコートで握られ、もう片方は顔を隠すように扇を持つ。
何度も何度も、この密着したエスコートを練習してきた。ヴァロアナ家の婚約者として存在が知れ渡っている以上、堂々と、余計なモノは視ないように。
……扇があって良かったですわ。覚悟はしておりましたが、まさかここまでとは。
人が多ければそれだけアレも集まりやすい。
静かに、じっと見つめてくる大勢の視線に混じり、容赦なくアレらもこちらを覗いてくる。
いえ、アレらが多いのは予想していたとして……
今まで限られた人間としか関わってこなかったミラにとって、嫉妬といった憎悪をここまで多く目の当たりにしたことはない。
ズシンっ
うっ、気持ちが引っ張られそうになりますわ。ルーシス様は大丈夫でしょうか?
少しルーシス様の方へ顔を向けると、前を歩いているはずの視線は完全にこちらへと注がれている。
「っ!!」
えっ、えっ!? まさか先ほどからずっと見ていたのかしら。
目が合うと、嬉しそうに微笑む。
図らずしも、ルーシス様の笑顔に一瞬憎悪が消え、ミラに向けられていた視線から、ルーシス様の方へと集中する。
普通なら生き霊がすぐにでもまとわりつきそうなものですが……
公爵様に初めて交渉が上手くいってからというもの、公爵様からお茶に呼ばれる日が出来た。
ルーシス様は私の為に無理に同席している感じでしたが、もしかしたら、本当は私を誘えばルーシス様が一緒にお茶に来ることを期待してのお誘いの気もしますわ。
そして、何度か『お祖父様』というワードを試してみたところ、思いのほか機嫌は明らかに良くなっていた。
その中で、まさかのルーシス様が浄化石の破片が欲しいと交渉したのだ。信じられなかったが、黙る公爵様に、お祖父様と発言したとたん、二つ返事で許可してくれたのだ。
この浄化石で作った髪どめのおかげか、生き霊がこちらに直接まとわりつくということはなさそうですわ。
その代わり、限界ぎりぎりの距離まで周りを渦巻くように令嬢達の気が寄せ集まっている。
「あの、ルーシス様」
「どうした? 帰る?」
「いえっ、前を向かないと危ないのでは?」
「僕が歩く道にもし障害物があるのなら、それは王家のもてなしに問題がある時だけだ」
「…………」
うぅっ……いくら小声とはいえ、王室で王家に堂々とそんなこと言えふのはルーシス様くらいですわ……
カーペットを歩き終わり、他の貴族が集まるホールに着いてからも、あいかわらず視線はそのままだ。
「ヴァロアナ家の次期公爵様にお会いできるとは、実に光栄でございますな。実は娘に是非同行させて欲しいとせがまれまして」
「どうもお久しぶりでございます。覚えておりますかな? 幼い頃、娘とお顔を会わせたことが……」
隣に婚約者であるはずのミラがいるにも関わらず、美しく着飾った娘をアピールさせんばかりに次々に声をかけてくる。
これは……すごくまずいですわ。ルーシス様が、怒ってらっしゃいますわ。
隣でまだ飲み物も手に取っていない段階から、押し寄せてくる人並みに、無視を決めこんでいるのか、全く反応を示さない。だが、静かに、怒りが高まっていくのが分かる。
今こそ、私がお役に立つべき状況ですのに、こういった場での立ち振舞いに慣れていないばかりに。
婚約者として主を守るよう言われた公爵様の言葉を思い出す。
「…………っ」
何か言わなくては、口を開きかけたその時
「……婚約者を連れてきた正式な場での振る舞い、これ以上礼儀を欠きたいので?」
ルーシス様の言葉に一気に静まりかえる。
「いえ、これは……あまりにも久しぶりの再会でしたのでつい礼儀を怠ってしまい……」
先ほどの勢いとは真逆に、言い訳を言ったかと思うといつのまにか人が居なくなっていった。
「レディをエスコートするのは僕の役目だろう?」
ようやく取れた飲み物をミラに渡す。
何度も練習してきた挨拶。だが、ミラがいることなど誰も気にしていないような扱いだった。
「あ、ありがとうございます」
「はぁっ、公爵様の意図はそういうことだったか」
「?」
ミラが飲み物を飲み、少し落ち着いたのを確認すると、再度エスコートをと手を差し伸べる。
「公式な場で、君を婚約者として紹介しよう」




