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16.お祖父様と、お呼びなさい

「なんてことをっ!!」


 急いで猫を引き離す。腕の中で震えるその姿は、あの時以来数ヶ月も経っているというのに、成長が芳かんばしくない。毛並みは悪く痩せ細り、鳴き声も小さくかぼそい。それでも、抱えた腕の中でしっかりと手を伸ばし、助けを求めるように動いている。


「公爵様のご指示でございます。どうかその猫をお返しください」


「指示って……何を言って……」


 淡々と話す侍女からは感情も何もない。最近では、ミラの世話をしてくれる侍女達からほんの少し、人間らしいやり取りも増えていた。久しぶりに見るヴァロアナ家の侍女達の機械的な対応に、ここが同じ屋敷といえど、公爵様の管理下にあると思い知らされる。


 火のついた焼却炉を見て、何をしようとしていたのか、ゾッとする。


「シャアァァァッッッ!!」


 その時だ。黒猫とは違って、行き届いた毛並み、身体は一回り以上大きく成長した猫が、侍女達に威嚇するように飛び移ってきた。


「あっ、きゃあっ」


 別の侍女が持っていた箱の中にそのまま突撃すると、黒猫と同じように痩せ細った小柄な猫をくわえ、こちらへジャンプする。そのままミラの腕に、毛並みが少しだけ明るい猫をまるで任せたと言わんばかりに預ける。この子達の見た目に見覚えがあった。



「もしかしてあの時の……」


 ヴァロアナ家から無事に帰れると思ったあの日、公爵様が生まれたばかりだと連れてきた仔猫達だ。あの後、ヴァロアナ家専属の使用人に世話を任せた方が良いと、結局引き離されてしまった。


 生き物の世話なんてしたことがない私よりその方がいいと納得したけれど……



 もっと、気にかけるべきでしたわ。


「……どうしてっ」


 尻尾を立て、侍女達を警戒するように鳴くその猫は、あの日ミラが色が1番薄いと選んだ猫だった。あの時よりも、更に白く見える。もう2匹と違い、首にはヴァロアナ家の紋章付きの首輪をかけている。この猫だけは、大切に育てられているのが一目で分かる。



「すまないっ、そちらに逃げてしまったようでっ……って、何っ!? 次期公爵夫人がどうしてこちらに!?」


 顔に引っ掻き傷を作った騎士達が、猫を追いかけてきたのか、ミラがいることに驚いている。間髪入れず、ミラを追いかけてきた騎士達がようやく追いついた。


「っはぁ、はぁ。ミラ様……一体何事で??」


 猫を2匹抱え、その横に威嚇するネコがいる状況に誰もが理解できないでいる。


 双方にこれ以上寄るなと、全身の毛を逆立てる姿に、ここまで夢中で走ってきた理由が分かった。


 もしかして、あなたが呼んだのね。兄弟猫を助けたくて。


 なんとなく、そう思った。


 じりじりとこちらへ近づく騎士達に挟まれた時、重く冷たい声でその場が凍りつく。


「何事だ?」


 その一言に、全員の空気が止まる。慌てて頭を下げた皆の顔から、血の気が引いていく。


「……ヴァロアナ…公爵様」


 ミラがいることに気づくと、明らかに機嫌の悪そうな表情は変わり、サッと左手を軽く前に出す。その動きに合わせるように使用人達は身を下がらせ、公爵様からミラまでの道が開く。


「ヴァロアナ公爵など、そのような(かしこ)まった呼び名、寂しいではないか」


 あくまでも親しそうに話しながらこちらへ歩いてくる。ルーシス様と違い、その目は恐ろしいほど微動だにしていない。


「まだ婚約中といえど、私は家族同然として出迎えているつもりだ。お祖父様と呼んでくれていいのだぞ」



「ルーシス様も、公爵様と敬意を込めていらっしゃいますので、私がそのようにお呼びするのは……」


「ハハっ、あれでも昔は親しく呼んでいた時期もあったのだ。ここ最近はずいぶんと他人行儀になってしまったが、後継者としては悪くない心がけだ。まぁ、自分の傘下の使用人達にはずいぶんと情報規制をしているようだが、それも悪くない」


 ゾッとする。


 何もかもが後継者としての練習で、自分がその気になればいつでも使用人達への実権を覆せると自信を持っている。


「ところで、ソレは?」


 表情は変えることなく、ミラの抱える猫達をソレと呼ぶ。


「…………この子が、兄弟猫を恋しがっているようでしたので」


 公爵様にすら、兄弟達を守るように敵意を向けてミラと公爵様の間に立ちはだかる。



「なるほど……十分な躾が出来ていなかったようだな」


「あのっ、痛いことはっ」


「心配無用。我が家が代々大切に世話をしてきた猫に危害など加えるつもりはない」


 公爵様の言葉にホッとする。


 良かったですわ。でも、大切ならなぜ他の2匹はこんなにも弱っていますの。


「躾の不出来は全て担当侍女のせいでしょう」


 その言葉に、鳥肌が立つ。


「全く、(あるじ)に威嚇するなど、前例のないこと。それに、未だに不要な猫の処分に手間取っているとは……だからこのように恋しがるなどといった愚かなことが起こるのだ」


「あの」


「んっ?」


 信じられませんわ。


 侍女たちが言っていた、公爵様の命令というのは、どうやらそのままの意味のようだった。


「処分とは一体どういうことですか?」


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