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15.小さく震える声

「ミラ様、テーブルマナーのお時間です」


「ミラ様、貴族の歴史についておさらいを」


「ミラ様、貴婦人のお茶会の手順について確認をお願いします」


「ミラ様、印象を薄くする距離感についての授業が」


「ミラ様、暗殺についてのご説明を……」




 あぁ、これは想像以上に、すべきことがたくさんありますわ。



 ルーシス様の隣に立つ為、今まで以上に授業を積極的に入れてもらい、勉強漬けの毎日。貴婦人の教育は当然ながら、ヴァロアナ家ならではのラインナップには驚いた。だが、


「おおっ、完璧なポーカーフェイスでございます!!」


「気配が……それにその避け方、本当に今まで護身術を学ばれたことがないのですか!?」


「香りで毒の見分け方の習得はお済みなのですかっ!?」


 思いのほか、こちらの方面に関しての才能は褒められるほどあるようだった。


 まさか、生活のために駆け回っていた身体の使い方や食べ物の区別の知識がここで活きてくるなんて。それに、ちょっとのことでは動じないことにも慣れっこですわ。


 レッスンの中には、動じない風格こそ美という、謎の美徳を重んじた内容もあった。


 これは……ルーシス様や公爵様がひねくれたのも分かる気がしますわ。


 毎日のように、アレと関わらないように必死で無視してきた日々。


 幼い頃に、アレと目があっては反応し、余計にちょっかいを出され、両親に泣きついて離れなかったことを思い出す。



 お父様やお母様、それに可愛いヨコラ、執事のセバスは元気にしているのかしら。


 ふいに懐かしくなる。


 じわっ。


 あっ、ダメですわ。感情を殺すなんて基本だと復習したばかりですのに。


 そういえば、こんなにも家族と離れて暮らすなんて経験したこともありませんでしたわ。


 食事のマナーをものにするまで、ルーシス様とは食事する機会を断り、それ以外の時間は授業に体術、ダンスといった稽古、婚約が公になっているからか、毎日山のようにくる招待状に目を通し返事を書く日々。泥のように疲れては気絶して眠る生活を送っていた。



 私……



 ガタンっ


 今はまだヴァロアナ家の家系図を覚える時間。だが気づけば立ち上がっていた。


「ミラ様? どうなさいまっ、えっ!!?? ミラ様!!!!」


 考えなしに身体が動く。


 唐突にきたホームシックと共に、嫌な予感がした。何かは分からないが、とにかくすぐに行かなくてはと心がざわつくのが分かる。


 行かなくちゃ。


「だれかっ!! ミラ様が!!!!」


 侍女の叫びに騎士達が急いで追いかけてくる。


 足の速さだけなら、騎士達に負けません。そう豪語していた話は健在だ。


「ミラ様ーーーー!!」


 叫ぶ騎士達の声が徐々に遠くなる。


「っえ!? 一体何事でっ、えっ!! お待ちください!!!!」


 数ヶ月の体術の授業の効果も加わり、状況が理解できないままの他の騎士達の制止も勢いよく交わして走る。


「どちらにーーーー!?」

 

 慌てる皆の言葉を聞きながら、自分でも分からないでいた。



 家族を思い浮かべた瞬間、急がされる衝動に駆られる。



 ガシャンッ。


「ミラ様? どうされましたか? どうぞ……お戻りください。こちらは公爵様の塔でございます。この先はルーシス様もお通し出来ませんので」


 さすがにヴァロアナ家騎士の警備をくぐれるほど甘くはなかった。


「はぁっ、はぁ……ここは、公爵様の?」


 息が乱れる。なぜかここが目的地だと分かっているかのように足が勝手にここを目指して動いていた。


「はい。もしご用があっても申し訳ありませんが……」


「……して」


「はい?」


「通してっ」


「えっ、あの。はい?」


「お願いっ!! 急ぐんです。 お願いしますっ!! 塔の中には入りませんわ。外庭に……お願いしますわ」


 なぜ自分でもそこに行きたがるのか分からない。だが、そこにすぐにでも行かなければと思ってしまうのだ。


「でっ、ですからそれは、出来ませんと……」


 自分でもなぜこんなに急いでいるのか分からない。だが、早くいかなければならないと、身体が勝手に動くようだ。


「はっ、早く。早くしないとっ」


「…………お通しさせろ」


 もう1人の騎士が、制止する騎士の腕をつかむ。


「はっ!? お前何言って……いっ、いたたたたっ!?」


 そのまま壁に身動きが取れないよう押し付けると、もう片方の手で門の鍵を開けてくれる。


「さぁっ、どうぞ。ミラ様、塔の中に入らないのなら、問題ありません。ですが、敷地内とはいえお1人では危険です。なるべくすぐにお戻りください」


 押さえられている方の騎士も鍛えられた身体にと、体格はしっかりしている。簡単に抑え続けられるようにも見えないが、ここは素直に行かせてもらう。


「ありがとうございます」


 息も乱れ、ドレスに合わせて日々変えられる靴はかかとも高く、足になじんでいない。それでも、無理やり走る。


 そこには、焼却炉が置かれ、侍女達が数人何かしようとしていた。


「っ、待って!!」


 まだ何をしているかも分からない段階で、思わず声が出ていた。


 何かを燃やそうとしている動きが止まる。全員が驚いたようにこちらを見る。



 一体何を燃やそうと……っ!!??


「ニャ〜」

 

 真っ黒な身体で、小さく震えるように鳴く声に目を疑った。



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