第39話 休日の過ごし方
目が覚めたとき、最初に視界へ入ってきたのは、タクマの胸だった。
正確には、隣で仰向けになって眠っているタクマの、何も身につけていない上半身である。
私は枕に頬を預けたまま、しばらくその身体を眺めていた。窓から差し込む朝の光が肩から胸元へ落ち、呼吸に合わせてゆっくりと上下する筋肉の輪郭を浮かび上がらせている。以前から決して華奢な人ではなかったけれど、最近は肩や腕の形がずいぶん変わってきた気がする。
もともとタクマには、身体を動かしてきた人らしい筋肉がついていた。彼の故郷で習っていた剣術のおかげなのだろう。ただ、こちらへ来たばかりの頃は、全体的にもう少し柔らかい印象だったと思う。
それが今では、肩から胸にかけての厚みが増し、腹部にはうっすらと筋肉の筋が浮かんでいる。無駄な脂肪が落ちたというだけではなく、身体の使い方そのものが変わってきたのだろう。ボーマンの修行は、剣を振る時間だけが訓練ではない。立ち方、歩き方、重心の移し方まで徹底しているのだから、普段使わない筋肉もずいぶん鍛えられているはずだ。
「……ふむ」
私は小さく頷いた。
実に素晴らしい。
魔法の出力がどうとか、剣の振り方がどうとか、昨日まではいろいろ難しいことを考えていたけれど、こうして成果が目に見えると、何だか私まで誇らしくなってくる。
もちろん、これは純粋に修行の成果を確認しているだけだ。
断じて、朝から恋人の身体を眺めて楽しんでいるわけではない。
……いや、少しは楽しんでいるかもしれない。
私はそっと手を伸ばし、タクマの胸元に指先を触れさせた。以前よりも硬くなった感触を確かめ、そのまま肩へ指を滑らせる。
「……何してんの?」
「ひゃっ!」
突然声がして、私は飛び上がりそうになった。
見ると、タクマが片目を開けてこちらを見ている。
「お、おはよう!」
「おはよう。で、何してたの?」
「……健康観察?」
「何で疑問形なんだよ」
タクマは呆れたように笑った。
私は少し考えてから、開き直ることにした。
「タクマ、最近すごくいい身体になったよね」
「……朝一番に言うことがそれ?」
「だって本当だもん。肩なんか前よりずっとしっかりしてるし、お腹も引き締まってるし。ボーマンの修行って、やっぱりすごいんだね」
「そりゃ毎日あれだけ動いてればなあ……」
タクマは苦笑しながら、自分の腹を軽く撫でた。
「自分じゃあんまり分からないけど、確かに少し身体が軽くなった気はする」
「うんうん。とってもいいことだよ」
「……リカ、何か楽しそうだな」
「楽しいよ?」
私は即答した。
するとタクマは一瞬黙り、何かを思い出したように天井を見上げた。
「……そういや、昨日もずいぶん楽しそうだったな」
「…………」
私は視線を逸らした。
なぜ二人とも服を着ていないのか。
そんなもの、説明するまでもない。
昨日、明日は修行を休みにしようと決めた。つまり、翌朝早く起きる必要がない。普段は疲れ切っているタクマも、昨日はいつになく元気だった。
だから、まあ。
その。
少々、張り切ったのである。
文句ある?
「……昨日、何回『明日は休みだから大丈夫』って言ったっけ」
「数えてないよ!」
「俺も途中から数えてない」
「じゃあ、お互いさまだね!」
「そういう問題かなあ……」
タクマは笑いながら私の頭を撫でた。
その手があまりにも自然だったので、私は何となく嬉しくなり、彼の胸元へ顔を寄せた。こうして何も考えずに甘えられる朝は、思っていた以上に幸せなものだ。彼の腕が私の背中へ回り、温かい身体に包まれると、もう少しだけこのままでいたいという気持ちが湧いてくる。
けれど、いつまでも寝ているわけにはいかない。
今日は、やりたいことがたくさんあるのだから。
「よし! 起きよう!」
「……切り替え早いな」
「今日はノヴァグラードに行くんだよ。みんなにも会いたいし、何よりタクマの剣を買わないと!」
「ああ、そうだった」
タクマは身体を起こしかけ、少しだけ顔をしかめた。
「……いてて」
「どうしたの?」
「いや、腰がちょっと」
「…………」
「…………」
私たちは顔を見合わせた。
そして、どちらからともなく笑い出した。
……うん。
次からは、もう少し加減しよう。
たぶん。
◇
朝食を済ませた私たちは、ノヴァグラードへ向かう前にボーマンのログハウスへ立ち寄った。
昨日のうちに休みにするつもりだとは話していたけれど、正式に伝えておきたかったのだ。何しろボーマンは、休みだからといって必ずしも何もしない人ではない。こちらが顔を出せば、ちょっとした確認や復習が始まる可能性もある。
「おはようございます、ボーマンさん!」
「おはようございます、タクマ殿。リカ殿も、おはようございます」
庭先で木剣の手入れをしていたボーマンは、私たちを見ると穏やかに微笑んだ。
「今日は予定どおり、街へ行ってこようと思います」
「ええ。承知しております。昨日は新しい魔法も試しましたし、少し身体を休めることも大切でしょう」
「それで、両手剣を見に行こうと思ってるんです」
タクマがそう告げると、ボーマンは興味深そうに頷いた。
「なるほど。魔法を通すことを考えた剣ですね」
「はい。リカが、ミスリル製のものがいいんじゃないかって」
「良い選択だと思います。ただし、素材だけで剣の良し悪しが決まるわけではありません。タクマ殿の体格、握り方、振り方に合っていることが何より重要です」
「分かりました。しっかり選んできます」
「ええ。良い出会いがあるといいですね」
ボーマンはそう言って微笑んだ。
私は少しだけ安心した。今日は本当に休みらしい。
「それじゃ、行ってくるね!」
「お気をつけて。お二人とも、良い休日を」
私たちはボーマンに見送られ、転移魔法陣のある家へ戻った。
森の中にある我が家から、転移魔法陣の隠された場所までは歩いて十分ほど。周囲には認識を妨げる術式を施してあるため、事情を知らない人が偶然見つけることはまずない。
地下室へ下りると、タクマが慣れた様子で魔法陣の中央へ進んだ。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
以前は私が起動しなければ使えなかった転移魔法陣も、今ではタクマ自身が動かせる。こうした小さな変化を思い返すと、彼と出会ってからの時間がずいぶん長いものに感じられた。
淡い光が足元から広がり、次の瞬間、私たちの姿は森の地下室から消えていた。
◇
ノヴァグラードの冒険者ギルドは、今日も相変わらず賑やかだった。
依頼掲示板の前には仕事を探す冒険者たちが集まり、受付では職員が忙しそうに書類を整理している。奥の酒場からは食器の触れ合う音と笑い声が聞こえ、扉を開けた瞬間、懐かしい空気が私たちを包み込んだ。
「あっ! リカ! タクマ!」
最初に気づいたのは、やっぱりエリナだった。
彼女は受付の向こうから大きく手を振り、私たちが近づくと嬉しそうに笑った。
「久しぶり! 今日は修行がお休み?」
「うん。今日は買い物もあるから、街に来たんだ」
「買い物?」
「タクマの新しい剣を探そうと思って」
私が答えると、エリナはタクマへ視線を向けた。
「へえ! いよいよ本格的な剣を買うんだね。修行の方は順調?」
「順調……なのかな。最近は魔法も組み合わせる練習を始めたんだけど、これがなかなか難しくて」
「魔法まで使うんだ! すごいじゃない!」
「いや、まだ全然使いこなせてないよ」
タクマは照れくさそうに笑った。
私はそんな彼の横顔を見ながら、少しだけ胸を張りたくなった。
実際、タクマはずいぶん成長している。ハーケンに基礎を教わっていた頃も真面目だったけれど、ボーマンのもとで修行を始めてからは、身体の使い方そのものが変わってきた。昨日は魔法を剣術に組み合わせる練習まで始めたのだから、もう単なる初心者とは呼べないだろう。
「それにね、最近は身体つきもすごく変わったんだよ!」
「……リカ?」
「肩とか腕とか、前よりずっとしっかりしてて。今朝も見てたんだけど、本当にいい感じなの!」
「今朝?」
エリナがぴくりと眉を上げた。
しまった。
私は口を閉じたけれど、もう遅かった。
「……今朝、ねえ?」
「ち、違うよ! 別に変な意味じゃなくて!」
「まだ何も言ってないけど?」
エリナがにやにや笑っている。
タクマは隣で片手を額に当てていた。
「リカ……頼むから、場所を考えてくれ……」
「だ、だって本当のことだもん!」
「そういう問題じゃないんだって……」
エリナはとうとう吹き出した。
「相変わらず仲がいいわねえ、二人とも!」
私は顔が熱くなるのを感じながら、何とか話題を変えようとした。
「そ、そういえば! フリーダとクルシュはいる?」
「いるわよ。奥の酒場で休憩してると思う」
「そっか! じゃあ、ちょっと挨拶してくるね!」
「はいはい。楽しんできて」
エリナの笑顔が、妙に腹立たしい。
……後で絶対に何か言われる気がする。
◇
酒場へ向かうと、奥の席から聞き慣れた声が飛んできた。
「おっ! リカじゃねえか!」
振り返ると、フリーダが片手を上げている。その向かいにはクルシュが座っていて、私たちに気づくと穏やかに微笑んだ。
「リカさん、タクマさん。お久しぶりです」
「久しぶり! 二人とも元気だった?」
「おう! 相変わらずだ!」
「フリーダさんは、少し元気すぎるくらいですけどね」
クルシュが苦笑する。
「何だよ。元気なのはいいことだろ?」
「もちろんです。でも、昨日も帰る時間を守らなかったじゃないですか」
「……細けえなあ」
私は思わず笑ってしまった。
相変わらずの二人だ。フリーダの勢いにクルシュが付き合い、時々やんわりと釘を刺す。けれど、そんなやり取りもどこか楽しそうで、見ているこちらまで笑顔になってしまう。
「で、今日はどうしたんだ?」
フリーダが尋ねた。
「修行は休みか?」
「うん。今日はタクマの剣を買いに来たんだ」
「剣?」
「ミスリル製の両手剣を探そうと思って」
その言葉に、フリーダが目を丸くした。
「おいおい、ミスリルかよ! ずいぶん奮発するじゃねえか!」
「魔法を組み合わせるなら、普通の鋼の剣より向いてると思うんだ」
「なるほどな。そういや、最近は魔法も練習してるんだったか」
フリーダはタクマを眺め、感心したように頷いた。
「それにしても、お前、また少し身体つきが変わったんじゃねえか?」
「そうかな?」
「おう。肩回りが前よりしっかりしてるぞ。修行の成果だな」
「でしょ!?」
私は思わず身を乗り出した。
「そうなの! 今朝も見てたんだけど、本当にすごくよくなってて!」
「……今朝?」
フリーダの目が細くなった。
あ。
またやってしまった。
「……お前ら、朝から何やってんだ?」
「ち、違うって!」
「何が違うんだよ。アタシ、まだ何も言ってねえぞ?」
フリーダがにやりと笑った。
クルシュは隣で静かにお茶を飲んでいる。
「……クルシュ、助けて」
「すみません。今回は私も、フリーダさんの方が正しいと思います」
「裏切り者!」
「いや、何の味方をすればいいんですか」
タクマがとうとう笑い出した。
私は恥ずかしくなって、彼の腕を軽く叩いた。
「もう! タクマまで!」
「いや、リカが自分から言ってるんだろ!」
フリーダは腹を抱えて笑っている。
……この人、絶対に今夜もからかってくる。
そんな予感がした。
「そうだ! 今夜、みんなで飲まない?」
私は半ば強引に話題を変えた。
フリーダが顔を上げる。
「おっ、いいねえ!」
「久しぶりに四人でゆっくり話したいし」
「決まりだな!」
「フリーダさん。まだ私の予定を聞いていませんよ」
「お前も来るだろ?」
「……まあ、行きますけど」
「ほら見ろ!」
クルシュは苦笑しながら肩をすくめた。
私はその様子を見て、何だか嬉しくなった。
こうして気兼ねなく集まれる仲間がいる。
王宮にいた頃には、考えられなかったことだ。
「じゃあ、夕方にまたギルドで!」
「おう! 楽しみにしてるぜ!」
私たちは約束を交わし、酒場をあとにした。
◇
酒場を出て訓練場へ向かおうとしたとき、ふと視界の端に銀色の髪が映った。
「……リカ」
振り返ると、そこにシエラが立っていた。
銀色の髪と、褐色の肌。長い耳を持つダークエルフの少女は、いつものように静かな表情で私たちを見つめている。相変わらず気配が薄く、近づいてくるところにまったく気づかなかった。
「あ、シエラ! 久しぶり!」
「うん。久しぶり」
シエラは小さく頷いた。
彼女とは以前、同じパーティで依頼をこなしたことがある。斥候としての腕は確かで、魔獣の気配を探るのも、危険な場所を先に確認するのも実に手際がよかった。
ただ、普段はあまり自分のことを話さない。依頼中も必要なことだけを簡潔に伝え、仕事が終わればいつの間にか姿を消しているような人だった。
もっとも、それが嫌なわけではない。シエラは口数こそ少ないけれど、話しかければちゃんと応じてくれるし、時折見せる小さな笑顔には不思議な愛嬌がある。
「元気にしてた?」
「うん。リカも元気そう」
「もちろん! 今日は久しぶりに街でのんびりしようと思って」
「……そう」
シエラは頷き、それから私の隣にいるタクマへ視線を向けた。
「……タクマ」
「あ、こんにちは。久しぶりですね」
「うん。久しぶり」
タクマも自然に挨拶を返した。
シエラとは以前、一緒に依頼へ出たことがある。あの時も彼女は寡黙だったけれど、周囲の状況をよく見ていて、危険を知らせる判断も的確だった。タクマも、その働きぶりを覚えているのだろう。
ただ、シエラは返事をしたあとも、じっとタクマを見つめていた。
「……変わったね」
「え?」
「立ち方が」
タクマは思わず自分の足元を見下ろした。
「……そんなに分かります?」
「うん。前より、隙が少ない」
「へえ……」
私は少し驚いた。
シエラは普段、あまり他人のことを評価するような言い方をしない。そんな彼女が、わざわざタクマの変化に触れたのだ。
「タクマ、最近すごく頑張ってるんだよ!」
私は思わず口を挟んだ。
「毎日ボーマンの修行を受けてるし、昨日なんか魔法と剣術を組み合わせる練習まで始めたんだから!」
「……そうなんだ」
シエラはタクマを見つめたまま、小さく頷いた。
「頑張ってるね」
「ありがとうございます」
タクマは少し照れくさそうに笑った。
すると、シエラの口元がほんのわずかに緩んだ。
「……でも」
「でも?」
「無理は、しないでね」
その言葉は、いつもより少しだけ柔らかく聞こえた。
タクマもそれを感じたのか、素直に頷いた。
「はい。気をつけます」
「……うん」
シエラは満足したように頷いた。
私は二人のやり取りを眺めながら、何となく嬉しくなっていた。
タクマがこの街へ来たばかりの頃は、彼を知っている人なんてほとんどいなかった。それが今では、こうして久しぶりに顔を合わせた相手からも、成長を認めてもらえるようになっている。
シエラのように口数の少ない人が気づくくらいなのだから、タクマの変化は本当に大きいのだろう。
「シエラは今日はお仕事?」
「うん。これから少し」
「そっか。じゃあ、また今度ゆっくり話そうね!」
「……うん。また」
シエラは小さく手を振り、静かに歩き去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、タクマがぽつりと呟いた。
「……相変わらず、気配を消すのが上手い人だよな」
「そうだね。斥候としては本当に頼りになるんだよ」
「うん。前に一緒に依頼へ行った時も、気づいたら先の様子を調べてくれてたし」
私は笑って頷いた。
シエラは少し変わった子だけれど、悪い人ではない。
少なくとも、私はそう思っている。
私たちはそのまま訓練場へ向かった。
◇
訓練場へ足を踏み入れると、聞き慣れた怒鳴り声が響いてきた。
「だから、腕だけで振るなって言ってんだろ! 足を使え、足を!」
ハーケンだ。
相変わらず大きな声で、若い冒険者たちに剣の構え方を教えている。数人の訓練生が木剣を握り、ぎこちない動きで素振りを繰り返していた。
その光景を見て、タクマが懐かしそうに笑った。
「……俺も、最初はあんな感じだったな」
「そうだね。何度も怒られてたもんね」
「うん。今思うと、よく付き合ってくれたよなあ」
タクマはそう言うと、訓練場の端へ歩いていった。
「ハーケンさん!」
「ん?」
ハーケンが振り返る。
そして、タクマの姿を見つけると、豪快に笑った。
「おお、タクマじゃねえか! 久しぶりだな!」
「お久しぶりです!」
「何だ、また休みをもらったのか?」
「はい。今日は買い物もあって」
「ほう。何を買うんだ?」
「新しい剣を探そうと思ってるんです」
その言葉に、ハーケンが興味深そうに眉を上げた。
「剣か。そりゃいいな」
彼はタクマを上から下まで眺めた。
「……それにしても、お前、また少し身体つきが変わったんじゃねえか?」
「そうですか?」
「おう。前より肩回りがしっかりしてる。立ち方もずいぶん落ち着いたな」
ハーケンは感心したように頷いた。
そして、訓練場の隅に置かれた木剣を一本手に取った。
「……よし。せっかくだ。久しぶりに一本やってみるか?」
タクマの顔が明るくなる。
「いいんですか?」
「おう。ちょうどこいつらも休憩にするところだしな」
ハーケンは訓練生たちへ休憩を告げ、タクマに木剣を投げ渡した。
「ほら、構えろ」
「はい!」
タクマは木剣を受け取り、ゆっくりと構えた。
その姿を見た瞬間、ハーケンの表情が少し変わった。
「……ほう」
私は訓練場の端へ下がり、二人の様子を見守ることにした。
ハーケンは木剣を軽く構え、タクマへ向き直る。
「じゃあ、来い」
「はい!」
タクマが踏み込んだ。
木剣が振られる。
ハーケンはその攻撃を受け流し、すぐに反撃した。
タクマは身体を横へ動かした。
ほんの一歩。
大きく飛び退くのではなく、相手の剣筋から身体を外すように動いたのだ。
そして、避けた勢いをそのまま次の動作へつなげる。
木剣が横から振られた。
「……おっ?」
ハーケンが少し驚いたような声を上げた。
彼はその攻撃を受け止めたけれど、タクマは無理に押し込まず、すぐに距離を取った。
私は思わず目を細めた。
……いい動き。
以前なら、攻撃を避けたあとに一度体勢を立て直していた。けれど、今は違う。足の位置を調整しながら次の攻撃へつなげている。
ボーマンの修行で繰り返してきたことが、ちゃんと身についているのだ。
「……なるほどな」
ハーケンが小さく呟いた。
そして、今度は自分から踏み込んだ。
木剣が鋭く振り下ろされる。
タクマはそれを受け止めず、身体を横へ逃がした。ハーケンはすぐに剣の軌道を変え、横薙ぎの一撃を放つ。
タクマは木剣を立てて受け流し、そのまま踏み込んだ。
乾いた音が響く。
木剣同士がぶつかり合い、二人の足が地面を蹴った。
私は思わず息を呑んだ。
……速い。
もちろん、ハーケンの方が経験は豊富だ。剣の振り方にも無駄がなく、相手の動きを読む力も優れている。
けれど、タクマも負けていない。
以前のように、ただ攻撃を受け止めるだけではない。相手の剣筋を見極め、必要な距離だけ動き、隙があればすぐに反撃している。
何より、動きが落ち着いていた。
ハーケンの攻撃を受けても慌てず、次の一手を考えている。
木剣が何度もぶつかり合った。
その音に気づいた訓練生たちが、次々と手を止める。
「……すげえ」
誰かが小さく呟いた。
私も、同じことを思っていた。
タクマが、あのハーケンと互角に打ち合っている。
もちろん、ハーケンが全力を出しているわけではないだろう。けれど、少なくとも以前のように、軽くあしらえる相手ではなくなっている。
ハーケンもそれを理解したのか、次第に表情が真剣になっていった。
「……いいじゃねえか、タクマ!」
「ありがとうございます!」
「だが、まだまだだ!」
ハーケンが踏み込む。
今度の一撃は、先ほどより明らかに速かった。
タクマはそれを受け流したものの、続く攻撃に対応しきれず、少しだけ体勢を崩した。
ハーケンはその隙を逃さない。
木剣が鋭く振り下ろされる。
……危ない!
私は思わず身を乗り出した。
けれど、タクマは倒れなかった。
崩れかけた体勢から足を踏み直し、木剣を斜めに構えて攻撃を受け流したのだ。
そして、そのまま身体を回転させるように反撃する。
ハーケンの目が見開かれた。
「……っ!」
木剣が、彼の肩すれすれを通り過ぎた。
……惜しい!
あと少し踏み込みが深ければ、一本取れていたかもしれない。
ハーケンはすぐに距離を取り、笑った。
「ははっ! 危ねえ危ねえ!」
けれど、その笑顔は先ほどまでとは違っていた。
楽しそうで、そして少しだけ嬉しそうだった。
「……よし。じゃあ、こっちも少し本気でいくぞ」
ハーケンが構えを変えた。
それまでのように、正面から打ち合う姿勢ではない。剣先をわずかに下げ、身体の力を抜いている。
私は思わず息を止めた。
……来る。
次の瞬間、ハーケンが動いた。
踏み込みは小さかった。
けれど、距離の詰め方が巧妙だった。
タクマが反応するよりも早く、ハーケンの木剣が斜めに振り込まれる。
タクマは何とか受け流した。
しかし、その瞬間、ハーケンの足が動いた。
剣ではなく、位置を変えたのだ。
タクマの正面からわずかに外れ、彼の反撃が届きにくい角度へ移動する。
そして、そこから次の一撃を放った。
「……っ!」
タクマは慌てて身体をひねった。
木剣が肩をかすめる。
それでも、まだ倒れない。
タクマは足を踏み直し、何とか反撃しようとした。
けれど。
ハーケンは、その動きを待っていた。
タクマが踏み込んだ瞬間、ハーケンは半歩だけ退いた。
剣が空を切る。
そのわずかな隙へ、ハーケンの木剣が滑り込んだ。
乾いた音が響く。
木剣の先端が、タクマの胸元へ軽く触れていた。
「……そこまでだ」
ハーケンが告げた。
タクマは一瞬動きを止め、それから大きく息を吐いた。
「……参りました」
ハーケンも木剣を下ろした。
そして、しばらくタクマを眺めたあと、豪快に笑った。
「はははっ! いやあ、参ったな!」
「……え?」
「お前、いつの間にこんなに強くなったんだよ!」
ハーケンは笑いながら、タクマの肩を叩いた。
「最後は何とか一本取れたが、正直、途中からかなり本気だったぞ」
タクマは驚いたように目を丸くした。
「……本当ですか?」
「おう。少なくとも、剣の腕だけなら、もうそこらのB級冒険者には負けねえだろうな」
私は思わず息を呑んだ。
B級。
それは、冒険者として十分に一人前と認められる実力だ。
もちろん、ランクは剣の腕だけで決まるものではない。依頼の実績や判断力、魔獣への対応力など、さまざまな要素が必要になる。
けれど、ハーケンがそこまで言うのなら、少なくとも剣士としてのタクマは、その水準に達しつつあるのだろう。
「……すごいじゃない、タクマ!」
私は思わず駆け寄った。
「ハーケンとあんなに打ち合えるなんて!」
「いや、最後は負けちゃったけど……」
「それでもすごいよ!」
私は彼の手を取った。
タクマは少し照れくさそうに笑った。
「……ありがとう」
ハーケンはそんな私たちを眺め、満足そうに頷いた。
「いい師匠に出会えたな、タクマ」
「はい。本当にそう思います」
タクマは素直に答えた。
そして、少しだけ真面目な顔になった。
「でも、俺がここまで来られたのは、ハーケンさんのおかげでもあります」
「……ん?」
「最初に剣を教えてくれたのは、ハーケンさんですから。あの時、基礎をちゃんと教えてもらってなかったら、今もまともに剣を振れなかったと思います」
ハーケンは一瞬黙った。
それから、照れくさそうに鼻を鳴らした。
「……ばか野郎。そんなこと、今さら言うんじゃねえよ」
「でも、本当のことです」
「分かった分かった!」
ハーケンは笑いながら、タクマの背中を軽く叩いた。
「まったく……。弟子ってのは、勝手に育っていくもんだな」
私はそのやり取りを見ながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
タクマが初めてこの街へ来た頃、彼は何も知らなかった。
魔法も使えず、剣の扱いもまだ未熟で、冒険者としての仕事すら手探りだった。
そんな彼が、今ではハーケンと互角に近い打ち合いをしている。
もちろん、まだまだ学ぶことはたくさんあるだろう。
けれど、確実に前へ進んでいる。
それが、何だかとても嬉しかった。
◇
訓練場をあとにした私たちは、街の武具店へ向かった。
タクマは歩きながら、何度も自分の手を見下ろしていた。
「……どうしたの?」
私が尋ねると、彼は少し考えてから答えた。
「いや……ハーケンさんにあそこまで言ってもらえるとは思わなかったからさ」
「嬉しかった?」
「うん。正直、すごく」
タクマは照れくさそうに笑った。
「ボーマンさんの修行って、毎日できないことばっかりなんだよ。昨日できなかったことが今日できるようになっても、次の日にはもっと難しいことをやるから、あんまり上達してる実感がなくてさ」
「うん」
「でも、今日ハーケンさんと打ち合って、少しだけ分かった気がする」
彼は前を向いた。
「ちゃんと、強くなってるんだなって」
私は頷いた。
「うん。強くなってるよ」
タクマは少し嬉しそうに笑った。
その横顔を見ながら、私はふと思った。
最初の頃、タクマは私が守るべき人だった。
森で出会ったばかりの彼は、この世界のことを何も知らず、危険な魔獣に遭遇すれば逃げることしかできなかった。だから私は、彼を守りながら少しずつこの世界に慣れさせていこうと思っていた。
けれど、今は違う。
彼は自分の力で戦い、仲間と協力し、危険に立ち向かえるようになっている。
それは、とても嬉しいことだ。
ただ、ほんの少しだけ、不思議な気分にもなる。
いつの間にか、私が思っていたよりずっと遠くまで歩いている。
……でも。
私は隣を歩くタクマを見上げた。
彼は相変わらず、私の隣にいる。
それなら、何も心配することはないのだろう。
「……タクマ」
「ん?」
「これからも、一緒に頑張ろうね」
タクマは少し驚いたような顔をした。
それから、優しく笑った。
「ああ。もちろん」
私はその返事が嬉しくて、そっと彼の手を握った。
◇
バルグリムの武具店は、今日も金属と油の匂いに満ちていた。
壁には剣や槍、斧がずらりと並び、奥の棚には防具や手入れ用の道具が積まれている。店の隅には加工途中らしい金属片が置かれ、どこからか小さな槌の音が聞こえてきた。
「いらっしゃい!」
奥から現れたのは、ずんぐりとした体格のドワーフだった。
立派な髭を蓄えたバルグリムは、私たちの姿を見ると目を細めた。
「おう、リカじゃねえか! それに、前に剣を買っていった兄ちゃんも一緒か!」
「久しぶり、バルグリム!」
「お久しぶりです」
タクマが頭を下げる。
バルグリムは彼を上から下まで眺め、感心したように鼻を鳴らした。
「ほう。ずいぶん剣士らしい身体になったじゃねえか」
「最近、毎日修行してまして」
「なるほどな。道具を売る側としちゃ、使う奴が育つのは嬉しいもんだ」
バルグリムはそう言って笑った。
「で、今日は何を探してる?」
「ミスリル製の両手剣を見せてほしいんだ」
私が答えると、彼の表情が少し変わった。
「……ミスリル?」
「うん。魔法を通して使うことも考えてるの」
「ほう……」
バルグリムはタクマへ視線を向けた。
「兄ちゃんが使うのか?」
「はい。まだ練習中ですけど、剣術に魔法を組み合わせようと思ってまして」
「なるほど。そりゃ面白えな」
バルグリムは顎髭を撫でながら少し考え、それから奥の棚へ向かった。
「ちょっと待ってろ。何本か見せてやる」
しばらくして、彼は布に包まれた三本の剣を運んできた。
作業台の上へ並べられた剣は、どれも両手で扱うことを前提としたものだった。一本は幅広で重厚な造り、もう一本は細身で長く、最後の一本はその中間くらいの形をしている。
「全部ミスリルなの?」
私が尋ねると、バルグリムは首を振った。
「いや、正確にはミスリルを使った合金だ。純粋なミスリルだけで作ることもできなくはねえが、剣にするなら硬さや粘りも考えなきゃならん。魔力の通りだけ良くても、刃が欠けたり曲がったりしたら話にならねえからな」
「なるほど……」
タクマが興味深そうに剣を見下ろした。
「魔法を通すことを考えると、どれがいいんですか?」
「そりゃ使い方次第だな。魔力を流すだけなら、どれも普通の鋼よりずっといい。だが、剣として振り回すなら重さと重心が大事だ」
バルグリムは一本目を持ち上げた。
「こいつは頑丈だが重い。力で押し切る戦い方には向いてるが、素早く振り回すには少々骨が折れる」
次に、細身の剣を示す。
「こっちは軽くて取り回しがいい。ただし、長さがある分、扱いには慣れがいる」
最後に、中央の剣を持ち上げた。
「で、こいつが中間だ。重すぎず軽すぎず、バランスも悪くねえ。兄ちゃんの体格なら、まずはこれを試してみるといい」
タクマは頷き、剣を受け取った。
柄を両手で握り、ゆっくりと構える。
その瞬間、私は少し驚いた。
以前なら、新しい剣を手にすると重さを確かめるように何度も持ち直していた。けれど、今のタクマは自然に足を開き、重心を落としている。剣の長さを確かめるように軽く動かしてから、無理のない位置で構えを止めた。
「……どう?」
私が尋ねると、タクマは少し考えた。
「悪くないと思う。でも、もう少しだけ柄が長い方が握りやすいかもしれない」
「ほう?」
バルグリムが目を細めた。
「兄ちゃん、なかなか細けえところを見るじゃねえか」
「昔から両手で剣を扱う練習をしてたので、握る位置が少し気になるんです」
「なるほどな。だったら、こっちはどうだ?」
バルグリムは別の剣を差し出した。
タクマはそれを受け取り、再び構えた。
今度は、表情が少し変わった。
「……あ、こっちの方がしっくりくる」
「だろうな。柄が少し長く、重心も手元寄りだ。刃の長さはほとんど変わらねえが、振った時の感覚はずいぶん違うはずだぜ」
タクマはゆっくりと剣を動かした。
もちろん、店の中だから大きく振ることはできない。それでも、手首の返し方や足の運びを見れば、本人がどれほど扱いやすいと感じているかは分かる。
私は思わず笑顔になった。
「いいんじゃない? タクマ」
「うん。かなりいいと思う」
そのとき、店の入口から声がした。
「おう、バルグリム。頼んでた剣の手入れ、終わったか?」
振り返ると、大柄な男が立っていた。
鍛え上げられた身体に、使い込まれた装備。背中には大きな剣を背負っている。
「あ、ガルド!」
私が声をかけると、男は目を丸くした。
「おお、リカか。久しぶりだな」
ガルド。
ノヴァグラードでも数少ないA級冒険者の一人で、大剣を使った戦いを得意としている。以前、一緒に依頼へ出たこともあるし、その腕前は私もよく知っている。
「今日は買い物?」
「ああ。剣の手入れを頼んでたんだ。……で、そっちの兄ちゃんは?」
ガルドの視線がタクマへ向いた。
タクマは剣を下ろし、軽く頭を下げた。
「初めまして。タクマといいます」
「タクマ……?」
ガルドは少し考え、それから何かを思い出したように頷いた。
「ああ、そうか。お前が噂のタクマか」
「噂?」
「リカと一緒にいる若い冒険者がいるって話は聞いてたし、ギルドでも遠目に見たことがある。だが……」
ガルドはタクマを眺め、首を傾げた。
「何だか、前に見た時と印象が違うな」
「最近、修行してるんです」
「なるほど。そういうことか」
ガルドは納得したように笑った。
「立ち方が違うんだな。前はもう少し頼りない感じだったが、今はちゃんと剣士の足をしてる」
タクマは少し照れたように笑った。
「ありがとうございます」
「で、ミスリルの両手剣か?」
「はい。魔法を使うことも考えてまして」
「ほう。魔法剣士を目指すのか」
ガルドは興味深そうに剣を見た。
「確かにミスリルは悪くねえ。魔力の通りもいいし、剣としての性能も十分だ。だが、魔法剣って話なら、もっととんでもねえ素材もあるぞ」
「え?」
タクマが顔を上げた。
「例えば?」
「魔獣の素材だよ。強力な魔獣の骨や牙、魔力を帯びた特殊な鉱石なんかを使うこともある。ものによっちゃ、ミスリルなんぞ比較にならねえほど魔力との相性がいい」
バルグリムが鼻を鳴らした。
「簡単に言うんじゃねえよ。そんなもん、手に入れるだけでも一苦労だぞ」
「分かってるさ。だからこそ面白いんだろ?」
「面白がってるのはお前だけだ!」
私は二人のやり取りに笑ってしまった。
ガルドは肩をすくめ、タクマへ向き直った。
「まあ、今すぐそんなもんを探す必要はねえよ。まずは自分に合った剣を使い込むことだ。どれだけいい素材でも、使い手が振り回されてちゃ意味がねえ」
「はい。ありがとうございます」
タクマは真剣に頷いた。
私はその横顔を見ながら、少しだけ考えた。
特殊な魔獣素材を使った魔法剣。
確かに、興味深い。
タクマの魔核に起きている変化が何なのか、まだはっきりとは分かっていない。けれど、もし今後さらに魔法の出力が上がるようなら、普通の剣では対応しきれなくなる可能性もある。
そうなった時には、もっと特別な素材を探すことになるのかもしれない。
……まあ、それはその時だ。
「それで、タクマ。この剣にする?」
私が尋ねると、タクマはもう一度剣を見下ろした。
「うん。これがいいと思う」
「よし! じゃあ、これにしよう!」
私はバルグリムへ向き直った。
「おいくら?」
バルグリムは金額を告げた。
タクマの表情が固まった。
「…………え?」
「どうしたの?」
「いや、ちょっと待って。今、何て?」
私はもう一度金額を聞き、頷いた。
「うん。思ってたくらいだね」
「思ってたくらい!?」
タクマが私を見た。
「リカ、これ、普通に家が買えるんじゃないの!?」
「家にもいろいろあるからね」
「そういう問題じゃない!」
バルグリムが豪快に笑った。
「ははは! ミスリルの剣なんざ、安い買い物じゃねえよ!」
ガルドも面白そうに笑っている。
「まあ、いい剣は一生ものだからな。命を預ける道具に金を惜しむもんじゃねえ」
「それは分かるんですけど……」
タクマは困ったように私を見た。
「本当にいいのか?」
「もちろん」
私は即答した。
「タクマがこれから使う剣だよ。だったら、ちゃんとしたものを選びたいもん」
「でも、こんな高いもの……」
「私が買いたいの」
私は彼の手を取った。
「タクマが強くなろうとしてるの、ずっと見てきたから。せっかくなら、その努力に合う剣を持ってほしいんだ」
タクマはしばらく黙っていた。
それから、少し照れくさそうに笑った。
「……ありがとう、リカ」
「うん!」
「大事に使うよ」
「もちろん。壊したら怒るからね!」
「……そこは怒るんだ」
「そりゃ怒るよ!」
私たちは顔を見合わせて笑った。
こうして、タクマの新しい剣が決まった。
ミスリルを使った、両手用の魔法剣。
彼がこれからどんな剣士になるのか、まだ分からない。けれど、この剣がその成長を支えてくれることを、私は心から願っていた。
◇
武具店を出る頃には、街は夕暮れの色に染まり始めていた。
タクマは新しい剣を背負い、何度もその重さを確かめるように肩を動かしている。
「……どう?」
私が尋ねると、彼は少し嬉しそうに笑った。
「うん。何だか、まだ実感が湧かないな」
「そう?」
「だって、こんな立派な剣を持つことになるなんて、こっちへ来たばかりの頃は考えもしなかったからさ」
私は頷いた。
確かに、最初の頃は護身用の短剣を持つだけでも少し緊張していた。冒険者としての仕事を覚え、ハーケンに剣を教わり、今ではボーマンのもとで本格的な修行を続けている。
その積み重ねが、今日の剣につながっているのだ。
「……でも、嬉しいよ」
タクマが小さく呟いた。
「ハーケンさんにも認めてもらえたし、こうして新しい剣も手に入った。まだまだ先は長いけど、少しずつ前に進めてる気がする」
「うん。そうだね」
私は彼の手を握った。
タクマは自然に握り返してくれる。
その温かさを感じながら、私は思った。
この人は、きっとこれからも強くなっていく。
剣士としても、魔法使いとしても、そして冒険者としても。
私はその成長を、できるだけ近くで見ていたい。
「……さあ!」
私は顔を上げた。
「そろそろギルドに戻ろっか!」
「ああ。フリーダさんたちと約束してるもんな」
「うん! 今日はいっぱい飲むぞー!」
「……ほどほどにな」
「大丈夫だって!」
私は笑って答えた。
タクマは少し心配そうな顔をしていたけれど、私は気にしなかった。
久しぶりに仲間たちと飲むのだ。
少しくらい羽目を外しても、きっと問題ない。
……この時の私は、そう思っていた。
翌朝、自分がどれほど後悔することになるのかも知らずに。




