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脱走王女は自由でありたい  作者: 真部 朝樹
【第2章】脱走王女は恋をする

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第11話 自分の剣


 翌朝、私たちはいつもより少し早く家を出た。


 昨日の討伐依頼を終えたばかりなので、今日は無理に仕事を入れるつもりはなかった。タクマにも一日くらい休んでほしいと思っていたのだけれど、本人は朝食の席で、早速剣を見に行きたいと言い出した。


 どうやら昨夜の話し合いで、自分の身を守る手段を身につけたいという気持ちが、ますます強くなったらしい。


「別に、今日じゃなくてもいいんだよ?」


「いや、せっかく時間があるんだし、早い方がいいだろ。買ったからって、すぐに使えるようになるわけでもないしさ」


「それはそうだけど……」


「それに、こっちの剣がどんなものなのか、ちゃんと見てみたいんだよ」


 そう言われると、私としても断る理由がなかった。


 タクマが今持っている武器は、以前私が渡した護身用のナイフだけだ。刃物としては十分に使えるものだけれど、魔獣と対峙することを考えれば、あまりにも心もとない。


 もっとも、剣を持ったからといって、すぐに安全になるわけではない。慣れない武器を持つことで、かえって危険な判断をしてしまうことだってある。


 そのあたりも含めて、きちんと教えてくれる人が必要だろう。


「じゃあ、まずはバルグリムのところへ行こうか」


「バルグリム?」


「武具屋さん。ドワーフの職人でね、ちょっと口は悪いけど、腕は確かだよ」


「ドワーフか。……やっぱり、鍛冶が得意だったりするのか?」


「うん。まあ、ドワーフだからって全員が鍛冶屋さんってわけじゃないけどね」


「そりゃそうか」


 タクマは納得したように笑った。


 こういうところも、彼と話していて面白い部分だった。


 タクマの世界にはドワーフがいないらしい。それなのに、どういうわけか彼はドワーフという種族を知っている。以前聞いた話では、物語や遊びの中に登場するのだそうだ。


 本人にとっては当たり前の知識なのだろうけれど、私からすると不思議で仕方がない。彼の世界では実在しない種族が、どうしてこちらの世界のドワーフと似た姿で描かれているのだろう。


 その話も詳しく聞いてみたかったけれど、今日は別の目的がある。私はひとまず好奇心を脇へ置き、タクマと一緒に街へ向かった。



     *



 バルグリムの店は、冒険者ギルドから少し離れた職人街の一角にある。


 大通りに面した店ほど目立つ場所ではないけれど、冒険者の間ではよく知られている武具屋だ。店先には剣や槍を描いた木製の看板が吊るされ、開け放たれた扉の向こうからは、金属を磨く音が聞こえていた。


 中へ入ると、壁には剣や斧が並び、棚には短剣や防具、手入れ用の道具が所狭しと置かれていた。奥には作業台があり、その向こうで背の低い男が何かを磨いている。


 肩幅が広く、腕は太い。立派な髭を蓄えたその男は、私たちの足音に気づくと顔を上げた。


「おう、リカじゃねえか。久しぶりだな」


「おはよう、バルグリム」


「今日は何だ? また杖でも壊したのか?」


「壊してないよ! 私、そんなにしょっちゅう壊してないでしょ」


「前に持ってきたときは、柄が半分焦げてたじゃねえか」


「あれはちょっと魔法の加減を間違えただけ!」


「十分壊してるだろうが」


 バルグリムは鼻を鳴らし、それから私の隣に立っているタクマへ視線を移した。


「で、そっちの坊主は?」


「紹介するね。タクマっていうの。最近冒険者になったばかりで、今日はこの人の剣を探しに来たんだ」


「タクマ・イザワです。よろしくお願いします」


 タクマが丁寧に頭を下げると、バルグリムは片方の眉を上げた。


「ほう。リカが男を連れてくるとは珍しいな」


「……別に、そういう紹介じゃないんだけど」


「何も言っとらんだろ」


 絶対に何か言いたそうな顔をしている。私は少しだけ睨んだけれど、バルグリムは気にした様子もなく作業台から離れた。


「まあいい。今日は何を探してる?」


「タクマの剣を見せてほしいの。護身用に使えるものがいいんだけど」


「護身用か。得物は何か使ってたのか?」


 バルグリムがタクマに尋ねた。


「ええと、俺の故郷で剣道っていう武術を習ってました。剣に似た道具を両手で持って戦うものなんですけど、実際に刃のある剣を使ってたわけじゃないです」


 ケンドー?


 聞き慣れない言葉だった。剣を使う武術なのだろうけれど、タクマの世界には魔法も魔獣もいないはずだ。そんな世界で、どういう目的で剣の扱いを習うのだろう。


 気になってタクマを見ると、彼はバルグリムに向かって身振りを交えながら説明を続けていた。


「竹でできた道具を使って、決められた場所を打ち合うんです。俺も学生の頃は結構真剣にやってました」


「ふむ。長い得物を両手で扱う武術か」


「はい。ただ、こっちの剣とは色々違うと思います」


「そりゃそうだろうな。ちょっと待ってろ」


 バルグリムは壁際の棚へ向かい、何本かの剣を選び始めた。


 初対面の客、それも新人冒険者だというのに、彼はすぐに適当な武器を勧めたりしない。まず何を使ってきたのかを聞き、そのうえで候補を選んでいる。


 こういうところが、私がこの店を信用している理由だった。


「まずはこいつだな」


 バルグリムが差し出したのは、両手でも扱える長めの剣だった。


 タクマは受け取る前に、店主の顔を見た。


「持ってもいいですか?」


「そのために出したんだ。周りに気をつけろよ」


 タクマはうなずき、鞘に収まった剣を受け取った。


 両手で柄を握り、ゆっくりと構える。もちろん店の中なので振り回したりはしないけれど、その立ち姿には、まったくの初心者とは少し違う落ち着きがあった。


 バルグリムもそれに気づいたらしい。


「ほう。構えは悪くねえな」


「ありがとうございます。でも……」


 タクマは剣を少し持ち直した。


「思ってたより重さのかかり方が違いますね」


「お前の故郷の得物とは違うか?」


「はい。向こうで使ってたのは竹でできた道具なんです。もっと軽いし、重心も違います。これだと、同じ感覚では動かせないですね」


「分かってるなら上等だ。下手に昔の感覚で振り回されるより、よっぽどいい」


 バルグリムは満足そうにうなずいた。


 私は少し意外だった。


 以前ハーケンに剣を教わったときも、タクマにはある程度の心得があると言われていた。けれど、実際に金属の剣を持つ姿を見ると、彼が今まで何を学んできたのか、少しだけ分かったような気がした。


 剣を構えることに抵抗はない。けれど、それをそのまま戦いに使えるとは思っていない。自分にできることと、できないことを区別しようとしているのだ。


「……これ、結構いいですね」


「そうか。だったら、もう少し短いのも試してみるか」


 バルグリムは別の剣を取り出した。


 今度は片手でも扱いやすい長さの剣だった。先ほどのものより刃は短く、腰に下げたときにも邪魔になりにくそうだった。


「ショートソードだ。長い剣ほど間合いは取れねえが、持ち歩きやすいし、狭い場所でも扱いやすい」


 タクマは二本を見比べたあと、少し考え込んだ。


「……一つ聞いてもいいですか?」


「何だ?」


「俺、冒険者っていっても、今はポーターの仕事が中心なんです。荷物を背負って、道具や素材を運ぶのが役目で」


「ほう」


「そうなると、長い剣って邪魔になりませんか?」


 バルグリムはタクマの顔をじっと見た。


「……なるほどな。お前、最初から前に出て戦うつもりはねえのか」


「はい。もちろん、いざというときは自分の身を守れるようになりたいです。でも、俺がやりたいのは魔獣を倒すことじゃないんです」


 タクマは手元の剣へ視線を落とした。


「今はまだ、戦闘じゃ仲間の役に立てません。だから、まずは自分にできる仕事をちゃんとやりたいんです。剣を持つのは、その仕事を続けるためというか……」


 少し言葉を探してから、彼は続けた。


「襲われたときに、仲間が助けに来てくれるまで自分の身を守れたら、それでいいと思ってます」


 私は思わずタクマの顔を見た。


 昨日、彼は自分の身を守れるようになりたいと言っていた。その言葉を聞いたとき、私は単純に、剣の練習を始めればいいと思った。けれど、タクマはそれだけではなく、自分が何のために武器を持つのかまで考えていたらしい。


 バルグリムはしばらく黙っていたが、やがて口元を緩めた。


「……いい考え方じゃねえか」


「そうですか?」


「ああ。自分の仕事も分からねえうちから、でかい剣を欲しがる新人は珍しくねえ。だが、剣ってのは持ってるだけで強くなる道具じゃねえからな」


 彼はタクマから長い剣を受け取り、代わりにショートソードを渡した。


「だったら、こいつの方がお前には向いてるだろう。ただし、短けりゃ何でもいいってわけじゃねえぞ。相手との距離は近くなるし、長い得物を持った相手には不利なこともある」


「はい」


「まして魔獣相手なら、剣を抜かずに済ませるのが一番だ。持つなら、まず逃げ方を覚えろ」


 タクマは真剣な顔でうなずいた。


 それからショートソードを腰に当て、鞘の位置を確かめ始めた。背負い袋を肩に掛ける動作も試し、剣の柄が邪魔にならないかを何度か確認する。


 その様子を見て、バルグリムが小さく笑った。


「……お前、随分と細かいな」


「すみません。仕事柄、こういうのが気になっちゃって」


「謝ることじゃねえ。道具を選ぶときは、それくらいでいい」


 私はそのやり取りを聞きながら、昨夜の会話を思い出していた。


 タクマは自分の細かさが原因で、以前の恋人と別れたことがあると言っていた。でも、少なくとも今の私には、彼のそういうところがとても頼もしく見える。


「……リカ?」


「えっ?」


「どうした? 何か考えてた?」


「ううん。何でもないよ!」


 タクマは不思議そうな顔をしたけれど、それ以上は聞いてこなかった。


 昨夜から、どうも余計なことを考えてしまう。自分の気持ちについてあれだけ説明したというのに、いざ本人を目の前にすると、何でもないことまで意識してしまうのだから困ったものだ。


 私は軽く咳払いをして、話題を戻した。


「それで、タクマ。その剣でいいの?」


「うん。俺はこれがいいと思う」


 彼は迷いのない声で答えた。


「長い剣の方が馴染みはあるけど、今の仕事を考えると、こっちの方が使いやすそうだし」


「そっか。じゃあ、それにしよう」


 私はバルグリムへ向き直った。


「鞘と吊り具も合わせてお願い。あと、刃の手入れに必要なものも」


「おう。分かった」


 バルグリムが値段を告げると、タクマは少しだけ表情を変えた。どうやら、思っていたより高かったらしい。


「……結構するんですね」


「そりゃ、まともな剣だからな。安物を買って、肝心なときに折れたら笑えねえだろ」


「それはそうですけど……」


 タクマは自分の財布を取り出しかけた。


 私はそれを見て、先に口を開いた。


「いいよ。私が払うから」


「えっ?」


「必要なものだし、今は無理して買わなくてもいいでしょ?」


「いや、でも……」


「最初にちゃんとした武器を持つのは大事だよ。私が誘ってる仕事でも使うんだし」


 タクマは少し考え込んだ。それから、ゆっくりとうなずいた。


「……じゃあ、お願いしてもいいかな」


「もちろん!」


「ただし、代金は返すよ」


「え?」


「これからポーターの仕事で稼いだ報酬から、少しずつ引いてくれないか?」


 私は思わず目を瞬かせた。


「そんなことしなくてもいいのに」


「いや、それだと俺が落ち着かないんだよ。今までも十分世話になってるし、これ以上何でも買ってもらうのは違うと思う」


「……でも、タクマ」


「俺、自分で稼げるようになりたいんだ。だから、これはちゃんと自分で買ったことにしたい」


 その言葉を聞いて、私は口を閉じた。


 タクマは私の親切を拒んでいるわけではない。助けてもらうことに感謝しながらも、いつまでも助けられるだけの立場ではいたくないのだ。


 それは、昨日から彼が繰り返し口にしていることでもあった。


「……分かった」


 私はうなずいた。


「じゃあ、私が一度立て替えるね。今後の報酬から少しずつ返してもらうことにしよう」


「ありがとう。助かるよ」


「でも、生活に困るほど引いたりしないからね」


「うん。そこは相談させてくれ」


「じゃあ、ちゃんと記録しておかないと。タクマ、こういうの細かそうだし……」


 そこまで言って、私は口をつぐんだ。昨夜の話が頭をよぎったからだ。


 タクマがこちらを見た。


「……今、何か言いかけたろ?」


「い、言ってないよ!」


「いや、絶対何か言いかけたって」


「気のせい!」


 私が慌てて否定すると、タクマはしばらく私の顔を眺め、それから何かに気づいたように笑った。


「……ああ。昨日の話か」


「…………」


「別に気にしなくていいよ。細かいのは事実だし」


「そ、そういう意味で言ったんじゃないからね!」


「分かってるって」


 タクマは楽しそうに笑った。


 私は少しだけ頬を膨らませたけれど、彼が気を悪くしていないことが分かって、内心ではほっとしていた。


 そのやり取りを見ていたバルグリムが、呆れたように鼻を鳴らした。


「……お前ら、買い物が済んだんなら、いちゃつくのは外でやれ」


「い、いちゃついてないよ!」


「そうかい。じゃあ、さっさと会計を済ませろ」


 私は慌てて財布を取り出した。


 会計を済ませたあと、タクマは以前私が渡した護身用ナイフについても確認した。バルグリムによれば、ナイフは魔獣の解体や細かな作業に使えるし、万が一の予備としても持っておいた方がいいらしい。


 ただし、解体に使った刃物はきちんと洗い、刃の状態を確認する必要がある。魔獣の血や脂が残ったままでは傷みやすいし、切れ味が落ちれば作業中に怪我をする危険も増えるのだという。


 タクマはその説明を熱心に聞き、ナイフを元の位置へ戻してから、新しいショートソードを腰に固定した。


「よし。あとは使い方だな」


 バルグリムは腕を組んだ。


「お前、誰かに剣を習ってるのか?」


「一度だけ、ハーケンさんという人に教えてもらいました」


「ハーケンか。だったら話は早え。あいつなら、妙なことは教えねえだろ」


「知ってるの?」


 私が尋ねると、バルグリムは当然だという顔をした。


「この街で長いこと武具屋をやってりゃ、腕の立つ連中の名前くらい覚えるさ。あいつも昔から、ちょくちょくここへ来てる」


「そっか」


「坊主。剣は買って終わりじゃねえぞ。手入れもそうだが、まずはちゃんと習え。特にお前みたいに、別の得物を使ってた奴は変な癖が出ることもある」


「はい。ありがとうございます」


 タクマは深く頭を下げた。


 バルグリムは少し照れくさそうに鼻を鳴らし、作業台へ戻っていった。


「また何かあったら持ってこい。刃を欠かしたまま使うんじゃねえぞ」


「うん。ありがとう、バルグリム」


 私は手を振り、タクマと一緒に店を出た。


 外へ出ると、彼はもう一度腰の剣へ目を向けた。鞘が歩くたびに揺れるのが気になるらしく、吊り具の位置を少し直している。


「……何か、急に冒険者らしくなった気がするな」


「ふふっ。そうだね」


「いや、まだ使えないんだけどさ」


「そこは、これからだよ」


 タクマは少し照れくさそうに笑った。


 その腰で揺れる剣を見ていると、私まで少し嬉しくなった。



     *



 冒険者ギルドへ向かうと、ちょうどフリーダとクルシュが受付の近くにいた。昨日の依頼で一緒だったばかりなので、二人とも私たちの姿にすぐ気づいた。


「おっ、リカ! タクマも一緒か!」


「おはよう、フリーダ。クルシュも」


「おはようございます」


 タクマが挨拶すると、フリーダは彼の腰にある剣を見つけた。


「おっ! 何だ、もう武器を買ったのか!」


「はい。さっきバルグリムさんの店で」


「へえ。ショートソードか。いいじゃないか」


 フリーダは興味深そうに剣を眺めた。


「長い剣じゃないんだな。タクマは剣を習ってたって聞いたけど」


「ええ。でも、俺はポーターですから。荷物を運ぶのに邪魔にならない方がいいと思って」


「なるほどな。ちゃんと考えてるじゃないか」


 フリーダは満足そうに笑った。


 私はそのやり取りを見ながら、昨日から考えていたことを口にすることにした。


「……ねえ、フリーダ。クルシュも」


「ん? 何だ?」


「あのね、昨日のことなんだけど。よかったら、これからもなるべく四人で依頼を受けない?」


 フリーダは一瞬きょとんとしたあと、目を丸くした。


「……は?」


「もちろん、二人にもそれぞれ仕事があるのは分かってるよ。だから、毎回ってわけじゃなくて、都合が合うときだけでもいいんだけど」


「いやいや、ちょっと待て」


 フリーダが片手を上げた。


「お前、あたしたちと組みたいって言ってんのか?」


「……うん。駄目かな?」


 そう尋ねると、フリーダは突然笑い出した。


「はははっ! 駄目なわけあるか!」


「えっ?」


「A級冒険者のお前と組めるんだぞ? こっちからお願いしたいくらいだっての!」


 クルシュも穏やかに笑った。


「僕も賛成ですよ。昨日はとても仕事がしやすかったですし、リカさんの魔法があれば、受けられる依頼の幅も広がりますから」


「……本当?」


「もちろんです。それに、タクマさんが荷物を管理してくれるのも助かります」


 タクマは少し照れくさそうに頭をかいた。


「いや、俺はまだ大したことできませんけど……」


「そんなことないですよ。戦闘に集中できるというのは、思っている以上に大きいんです」


 クルシュの言葉に、フリーダもうなずいた。


「そうそう。それに、あたしらだって毎日一緒に仕事してるわけじゃないしな。都合が合うときに四人で組むってんなら、何の問題もねえよ」


「……ありがとう!」


 私は思わず笑顔になった。


 昨日、エリナに指摘されるまで、私はタクマの安全について十分に考えていなかった。だからこそ、これからも彼と一緒に依頼を受けるなら、きちんとした仲間が必要だと思ったのだ。


 もちろん、フリーダとクルシュを護衛代わりにするつもりはない。二人とも立派な冒険者だし、私にとっては大切な友人でもある。


 昨日の戦闘では、フリーダが前に立ち、クルシュが魔法で敵の動きを制限してくれた。そのおかげで私は周囲の状況を確認しながら魔法を使えたし、タクマも素材の回収に集中できた。私一人で戦うより、ずっと安定していたと思う。


 それぞれが自分の役割を果たすことで、全員の負担が軽くなる。そんな当たり前のことを、私は久しぶりに実感していた。


「それで、今日はどうする?」


 フリーダが尋ねた。


「何か依頼を受けるつもりか?」


「ううん。今日はタクマの剣術指導を、ハーケンにお願いしようと思ってるの」


「ハーケンか。ああ、そりゃいいな」


 フリーダはうなずいた。


「だったら、今日は休みにするか。昨日も働いたことだし、たまにはのんびりしようぜ」


「そうですね」


 クルシュも賛成した。


 それから、何かを思い出したように口を開いた。


「そういえば、以前お話ししていた食事の件ですが、今夜はいかがですか?」


「ああ、そうだったな!」


 フリーダが手を叩いた。


「いいじゃねえか。せっかく四人で組むことになったんだし、顔合わせも兼ねて飯でも食おうぜ!」


「うん! 私も賛成!」


 私はすぐに答えた。


 タクマも嬉しそうにうなずく。


「俺もぜひお願いします」


「よし、決まりだな!」


 フリーダは満足そうに笑った。


 集合場所と時間を決め、私たちは一度別れることにした。今日はそれぞれ自由に過ごし、夜になったら四人で食事をする。


 そんな約束を交わしただけなのに、何だか少し楽しくなってきた。


 私はこれまで、一人で依頼を受けることが多かった。誰かと組むこともあったけれど、こうして自分から継続して一緒に仕事をしたいと頼むことは、あまりなかったように思う。


 タクマが来てから、少しずつ何かが変わっている。その変化を、今の私は悪くないと思っていた。



     *



 ハーケンは、ギルドの裏手にある訓練場にいた。


 ちょうど若い冒険者たちへの指導を終えたところらしく、木剣を片づけながら何やら注意をしている。私たちに気づくと、片手を上げた。


「おう。リカにタクマじゃないか。どうした?」


「こんにちは、ハーケン」


「こんにちは。先日の研修ではお世話になりました」


 タクマが頭を下げると、ハーケンは彼の腰にある剣へ目を向けた。


「ほう。今度は本物を持ってきたか」


「はい。今日、買ったばかりなんです」


「ショートソードか。……なるほどな」


 ハーケンはタクマを見て、少し笑った。


「それで? 見せびらかしに来たわけじゃないんだろ?」


「はい。剣術を教えていただきたいんです」


 タクマはまっすぐに答えた。


「先日の研修で教わったことを、今度は継続して身につけたいと思っています」


 ハーケンは腕を組んだ。


「ほう。何かあったのか?」


「昨日、魔獣の討伐に同行したんです。そのとき、自分が全然戦えないことを思い知りました」


「……なるほど」


「俺はポーターなので、前に出て戦うつもりはありません。でも、せめて自分の身くらいは守れるようになりたいんです」


 ハーケンはしばらくタクマの顔を見ていた。それから、満足そうにうなずいた。


「いい心がけだ。もちろん引き受けよう。こっちも仕事だからな」


「ありがとうございます!」


「ただし、最初に一つ言っておくぞ」


 ハーケンの声が、少し低くなった。


「剣を持ったからといって、守れるようになるわけじゃない」


 タクマは真剣な顔でうなずいた。


「はい」


「お前の仕事は何だ?」


「……ポーターです」


「だったら、まず覚えるべきなのは敵を斬る方法じゃない。危険な場所から生きて帰る方法だ」


 ハーケンは訓練場の端に置かれた荷物を指さした。


「荷物を守ろうとして死ぬな。必要なら捨てろ。剣を抜くより逃げる方がいいなら、迷わず逃げろ。仲間が助けに来るまで時間を稼げるなら、それで十分だ」


 タクマは黙って聞いていた。


 私も、その言葉には強くうなずきたくなった。


 冒険者の仕事では、持ち帰る素材や報酬のことばかり考えてしまう人がいる。けれど、どんなに高価な素材でも、命より大事なものなんてない。


 ハーケンは、最初からそのことを教えようとしていた。


「……分かりました」


 タクマはしっかりとうなずいた。


「じゃあ、早速始めるか」


「えっ、今からですか?」


「時間があるんだろ? 最初は簡単な確認だけだ。料金はいつもどおりだぞ」


「はい。お願いします!」


 タクマは慌てて腰の剣を外し、ハーケンの指示に従って訓練用の木剣を受け取った。


 私は少し離れた場所から、その様子を見守ることにした。


 けれど、二人が準備を始めたところで、ふとエリナのことを思い出した。昨日、彼女には随分と心配をかけてしまった。今朝ギルドへ来たときも、フリーダたちと話していて、まだきちんとお礼も謝罪もできていない。


「……タクマ」


「ん?」


「私、ちょっとエリナのところへ行ってくるね」


「エリナさん?」


「うん。昨日のことで、ちゃんと話しておきたいことがあるの」


「ああ、なるほど。分かった」


 タクマはうなずいた。


「じゃあ、俺はここで練習してるよ」


「うん。頑張ってね!」


 私は手を振り、訓練場をあとにした。



     *



 ギルドの受付へ戻ると、エリナはちょうど書類を整理しているところだった。


 私の姿に気づくと、顔を上げて笑った。


「あれ、リカ。さっき来てたよね?」


「うん。ちょっと話があって」


「何? 依頼の相談?」


「ううん。昨日のことなんだけど……」


 私がそう言うと、エリナは少しだけ表情を変えた。


「……ああ。タクマさんのこと?」


「うん」


 私は受付の前に立ち、改めて頭を下げた。


「昨日はごめんね。私、ちゃんと考えないでタクマを誘っちゃって。エリナがフリーダたちを手配してくれなかったら、危ないところだった」


 エリナは少し驚いたように目を瞬かせた。それから、ふっと笑った。


「……そっか。ちゃんと考えてくれたんだね」


「うん。昨日、帰ってから色々考えたの」


「それならよかった」


 エリナは手元の書類を置いた。


「別に、リカがタクマさんを連れていくこと自体が悪いって言いたかったわけじゃないんだよ。ただ、リカって普段は一人で何でもできちゃうでしょ?」


「……うん」


「だから、誰かを守りながら戦うってことに、あんまり慣れてないんだと思う」


 私は素直にうなずいた。


 そのとおりだった。


 これまで私は、自分の身を守ることを中心に考えてきた。誰かと組む場合でも、相手は基本的に自分の身を守れる冒険者だった。


 けれど、タクマは違う。


 彼はまだ、この世界で生きていくための知識も技術も十分ではない。それなのに私は、彼と一緒に仕事へ行けることばかり考えてしまっていた。


「……それでね、エリナ」


「うん?」


「私、どうしてそんなことになったのか、タクマとも話してみたんだ」


「へえ。何て?」


 私は少し迷った。


 昨夜の会話をどこまで話していいものだろう。けれど、エリナは昔からの友人だし、私のこともよく知っている。それに、今回の件では彼女に随分と世話になった。


 だから、できるだけ正直に話すことにした。


「……私、タクマに好意を持ってる可能性があるって伝えたの」


 エリナの手が止まった。


「…………え?」


「だから、好意。恋愛感情かどうかはまだ分からないんだけど」


「……ちょっと待って」


「何?」


「リカ、それ本人に言ったの?」


「うん」


「……本人に?」


「うん。昨日の夜に」


 エリナはしばらく私の顔を見つめていた。それから、両手で口元を押さえた。


「……ほえ〜」


「……何?」


「リカも成長したねぇ!」


「な、何それ!」


 エリナは楽しそうに笑い始めた。


「いやあ、びっくりした! まさかリカが、自分からそんな話をするなんて!」


「別に、告白したわけじゃないんだよ?」


「分かってる、分かってる。でも、そういうことを本人にちゃんと話せたんでしょ?」


「……うん」


「それがすごいんだって!」


 私は少し頬を膨らませた。


「……何だか子供扱いされてる気がする」


「だって、昔のリカだったら絶対にそんなことしなかったと思うもん」


 エリナは笑いながら言った。


 私は反論しようとしたけれど、すぐには言葉が出てこなかった。


 確かに、以前の私なら、自分の気持ちについて誰かに説明することなんて考えなかったかもしれない。好きなら好き、嫌なら嫌。それだけで十分だと思っていたし、自分の気持ちに他人の意見が必要だとも思っていなかった。


 けれど、今はそう簡単に割り切れないこともあると知っている。


「……それでね」


 私は少し声を落とした。


「タクマには、昔のことも少し話したんだ」


 エリナの笑顔が、少しだけ落ち着いた。


「……昔のこと?」


「うん。前に、恋愛で失敗したことがあるって」


 エリナは何も言わなかった。


 私の過去について、彼女はある程度知っている。あの頃、私がどれほど浮かれていて、どれほど周りの言葉を聞かなかったのかも。そして、最後にどうなったのかも。


「……そっか」


 エリナは静かにうなずいた。


「タクマさんには、どこまで話したの?」


「詳しいことはまだ。でも、昔は相手のことをちゃんと見てなかったかもしれないって。だから、今度は自分の気持ちを急いで決めたくないって話したの」


「……うん」


「そしたら、タクマも同じように考えてくれたんだ。自分も私に助けてもらってる立場だから、感謝と好意をちゃんと区別できてるか分からないって」


 エリナは少し驚いたように眉を上げた。


「へえ……」


「だから、もっとお互いを知ってから考えようってことになったの」


 そこまで話すと、エリナはしばらく黙っていた。


 それから、ふっと笑った。


「……いい人みたいだね、タクマさん」


「うん。いい人だよ」


 私は自然に答えていた。


 エリナがまた笑う。


「……即答するんだ?」


「えっ?」


「いや、何でもないよ」


「……もう!」


 私は少しだけ睨んだけれど、エリナは楽しそうに笑っている。


 それから、彼女は少し真面目な表情になった。


「でもね、リカ。私は本当に嬉しいよ」


「……え?」


「だって、リカがちゃんと自分の気持ちを考えて、それを相手に伝えられたんでしょ? それって、簡単なことじゃないと思うから」


 私はエリナの顔を見た。


「前はさ、何かあると一人で決めちゃうことが多かったじゃない。誰かに相談する前に、自分で答えを出そうとして」


「……そうだったかな」


「そうだったよ」


 エリナは優しく笑った。


「だから、今度はちゃんと話し合える相手ができたんだなって思うと、ちょっと安心した」


 その言葉を聞いて、胸の奥が少し温かくなった。


 エリナは、私が冒険者になってからずっと世話になっている友人だ。仕事の相談だけではなく、何でもない話をしたり、時には叱ってくれたりもする。


 昨日だって、私が間違った判断をしたからこそ、あんなふうに怒ってくれたのだ。


「……ありがとう、エリナ」


「どういたしまして」


 エリナは笑った。


 それから、何かを思い出したように首を傾げた。


「ところで、タクマさんは何て言ったの?」


「……え?」


「いや、リカが好意を持ってるかもしれないって言ったんでしょ? それに対して、何て返してくれたのかなって」


「そ、それは……」


 私は思わず視線を逸らした。


 昨夜の言葉が頭に浮かぶ。


 こんな可愛い子に、そんなこと言われたら。


 好きにならない方がおかしい。


 思い出しただけで、顔が熱くなった。


「……リカ?」


「な、何でもない!」


「ええっ!? そこまで話しておいて!?」


「だ、だって……!」


 エリナは私の顔を見て、何かを察したように笑った。


「……ふーん?」


「……何?」


「いやあ、これは今度ゆっくり聞かないとねぇ」


「聞かなくていいから!」


 私は慌てて首を振った。


 エリナはしばらく楽しそうに笑っていたけれど、最後には優しい声で言った。


「まあ、焦らなくていいと思うよ。リカもタクマさんも、ちゃんと考えてるみたいだし」


「……うん」


「それに、今度は何かあったら相談してね。一人で抱え込まないこと」


 私は素直にうなずいた。


「……分かった。ありがとう」


 エリナは満足そうに笑った。


「よし。じゃあ、タクマさんのところへ戻ってあげなよ。待ってるんでしょ?」


「あっ、そうだった!」


 私は慌てて壁の時計へ目を向けた。


 思っていたより、ずいぶん長く話してしまったらしい。エリナと話していると、つい時間を忘れてしまう。


「じゃあ、またね!」


「うん。またね、リカ!」


 エリナに手を振り、私は訓練場へ戻ることにした。



     *



 訓練場へ戻ると、タクマはまだハーケンの指導を受けていた。


 ただ、私が出ていったときとは少し様子が違っていた。


 タクマは木剣を構え、ハーケンと向かい合っている。二人はすぐには動かず、互いの様子をうかがっていたけれど、ハーケンが足を踏み出した瞬間、タクマもそれに合わせて間合いを調整した。


 私は少し驚いた。


 以前の研修では、彼はまだ剣の扱いに戸惑っていたはずだ。けれど、今の動きには無駄が少ない。剣先だけに気を取られることなく、相手の体の動きも見ながら、必要以上に近づこうとしない。


 もちろん、ハーケンの方が圧倒的に上手い。けれど、タクマも簡単には崩されなかった。


「……ほう」


 ハーケンが小さく声を漏らした。


 次の瞬間、彼は先ほどより少し速く踏み込んだ。


 タクマは反射的に足をさばき、正面から外れるように動いた。踏み込んできた相手に対して、ただ後ろへ逃げるのではなく、体の向きを変えながら距離を取っている。


 その動きは、私が思っていたよりずっと速かった。


 ハーケンの木剣が空を切る。


 ……あれ?


 私は思わず目を瞬かせた。


 今の動き、結構すごくなかった?


 けれど、次の瞬間にはハーケンが体勢を立て直し、タクマの横へ回り込んでいた。


「そこだ」


「うわっ!」


 タクマは慌てて剣を構え直したけれど、間に合わなかった。ハーケンの木剣が、彼の肩へ軽く触れる。


「はい、終わり」


「……くそっ」


 タクマは悔しそうに息を吐いた。


 ハーケンは木剣を下ろし、少し笑った。


「今のは悪くなかった。だが、避けたあとが甘いな」


「……はい」


「相手が一度動いたからって、それで終わりじゃねえ。次にどう来るかまで考えろ」


「分かりました」


 タクマは真剣にうなずいた。


 私はその様子を見ながら、少し感心していた。


 タクマが剣道を習っていたことは知っていた。けれど、どのくらいの実力だったのかまでは、あまり詳しく聞いていなかった。


 確か、全国大会に出たことがあると言っていた気がする。


 そのときは、タクマの世界の大会がどれほど大きなものなのか分からなかったけれど、今の動きを見ると、かなり真剣に取り組んでいたのだろう。


 私の知っている剣術とは違う部分も多いのだろうけれど、相手の動きを読み、適切な距離を保とうとする感覚は、確かに身についているようだった。


「……よし。今日はここまでだ」


 しばらくして、ハーケンが手を叩いた。


 タクマは大きく息を吐き、木剣を下ろした。


「ありがとうございました……!」


「おう。悪くなかったぞ」


「本当ですか?」


「ああ。ただし、まだまだだな」


「……ですよね」


 タクマは少し苦笑した。


「剣道やってたから、もう少し動けるかと思ったんですけど……全然違いますね」


「当たり前だ。お前が習ってた武術と、こっちの剣術は違うんだからな」


 ハーケンは木剣を受け取りながら続けた。


「だが、今まで覚えたことが無駄になるわけじゃねえ。足の運びも、間合いの取り方も、使えるものはある。あとは、それをどう活かすかだ」


「……はい!」


「次からは、荷物を背負った状態でもやってみるか。実際の仕事で動けなきゃ意味がないからな」


「ぜひ、お願いします!」


 タクマは嬉しそうにうなずいた。


 私は二人の会話が終わったところで、近づいていった。


「お疲れさま、タクマ」


「あ、リカ。戻ってたのか」


「うん。最後の方、見てたよ」


「いやあ、全然駄目だった。ハーケンさん、強すぎるよ」


「ふふっ。そりゃそうだよ」


 私は笑った。


 ハーケンは長年冒険者を指導してきた人だ。タクマが剣道の経験者だからといって、簡単に相手ができるはずもない。


 けれど、私には彼の動きが思っていた以上によく見えた。少なくとも、初めて剣を握った新人冒険者の動きとは明らかに違う。


 そのことを伝えようか迷っていると、ハーケンが口を開いた。


「タクマ。道具を片づけておいてくれ」


「はい!」


 タクマは木剣を持ち、訓練場の端へ向かった。


 その姿を見送ってから、ハーケンは私へ視線を向けた。


「……リカ」


「何?」


「あいつ、なかなか筋がいいぞ」


「……え?」


 私は思わず聞き返した。


「そうなの?」


「ああ。間合いの取り方も反応も悪くない。長い剣で覚えた癖は直す必要があるが、土台はしっかりしてる」


 ハーケンは腕を組んだ。


「特に、相手の動きを見てから反応する速さは大したもんだ。あれは一朝一夕で身につくものじゃねえ」


「……へえ」


 私は少し驚いた。


 タクマは自分のことを、戦闘では何もできないと言っていた。けれど、ハーケンから見れば、彼にはすでに十分な素地があるらしい。


「そのうち、前衛でも使えるようになるだろう」


「……本当?」


「ああ。ただし、今すぐって話じゃねえぞ」


 ハーケンは少し真面目な表情になった。


「技術は教えられる。だが、実際に魔獣を相手にしたとき、同じように動けるかは別の話だ」


「……うん」


「剣道ってのがどんな武術かは知らねえが、あいつの話を聞く限り、相手を殺すためのものじゃないんだろ?」


「そうみたい」


「だったら、そこはこれからだな。あとは覚悟と経験だ」


 私は静かにうなずいた。


 タクマが剣を持つことに慣れていたとしても、実際に生き物を斬ることには抵抗があるかもしれない。相手が人間ではなく魔獣だったとしても、命を奪うという行為が簡単になるわけではない。


 それは、決して悪いことではないと思う。


 むしろ、簡単に慣れてしまう方が怖い。


 それに、技術が身についたからといって、必ず前に出て戦わなければならないわけでもない。タクマが望んでいるのは、あくまで自分の身を守ることだ。彼が自分で選んだ役割を、私の期待で変えてしまうようなことはしたくなかった。


「……でも、今は護身用でいいんだよね?」


「ああ。本人もそのつもりなんだろ?」


「うん」


「だったら、まずはそこからだ。変に急がせる必要はねえよ」


 ハーケンはそう言って笑った。


 私は少し安心した。


 タクマには、無理をしてまで強くなってほしいわけではない。ただ、自分の身を守れるようになってほしい。そして、できればこれからも、一緒に仕事をしていきたい。


 それだけだった。


「……ありがとう、ハーケン」


「おう。こっちも仕事だからな」


 ハーケンは笑い、それから少し声を落とした。


「それと、今の話はあいつには言うなよ」


「……え?」


「まだ褒めるには早え。調子に乗られても困るからな」


 私は思わず笑ってしまった。


「ふふっ。分かった」


 そのとき、タクマが戻ってきた。


「何の話してたんだ?」


「ううん。何でもないよ」


「……何か笑ってなかった?」


「気のせい!」


 タクマは少し不思議そうな顔をしたけれど、それ以上は聞いてこなかった。


 私はそんな彼を見ながら、心の中で少しだけ笑った。


 タクマは、自分で思っているよりもずっと多くのものを持っているのかもしれない。本人はまだ、それに気づいていないようだけれど。



     *



 訓練を終えた私たちは、一度家へ戻ることにした。


 タクマはさすがに疲れたらしく、歩きながら何度か肩を回している。


「いやあ、参ったな。思った以上に難しかった」


「ふふっ。ハーケン、結構厳しいからね」


「でも、分かりやすかったよ。俺が何をしたいのか、ちゃんと考えて教えてくれるし」


「うん。いい先生でしょ?」


「ああ。しばらく通ってみようと思う」


 タクマはそう言って、腰のショートソードへ視線を落とした。


「……これ、ちゃんと使えるようにならないとな」


「焦らなくていいよ。少しずつで」


「うん。そうする」


 彼は笑った。


 私はその横顔を見ながら、昨夜の会話を思い出していた。


 もっとお互いを知ろう。


 私たちは、そう約束した。


 それはきっと、相手の好きな食べ物や、昔の思い出を聞くことだけではないのだろう。何を大切にしているのか。何が苦手で、何をできるようになりたいのか。どんなときに嬉しくなって、どんなことを譲れないと思うのか。


 そうしたことも、少しずつ知っていくのだと思う。


 今日、私はタクマについて、また一つ新しいことを知った。


 彼は、自分ができないことから目を逸らさない人だ。そして、誰かに助けてもらうことを当たり前だとは思わない人でもある。


 そんな彼のことを、私は少し誇らしく思った。


「……ねえ、タクマ」


「ん?」


「今日、剣を買ってよかったね」


「うん。まだ全然使えないけどな」


「それでも、自分で選んだ剣でしょ?」


 タクマは少しだけ考えたあと、腰の剣に手を添えた。


「……そうだな」


 その声は、どこか嬉しそうだった。


「ちゃんと使えるようになって、代金も返して。そしたら、本当の意味で俺の剣になる気がするよ」


「……うん」


 私は微笑んだ。


 彼が選んだのは、立派な騎士が持つような長い剣ではない。飾り気のない、実用的なショートソードだった。


 けれど、今のタクマには、それが一番似合っている気がした。


 強く見せるためでも、誰かに認めてもらうためでもなく、自分の仕事を続け、自分の身を守るために選んだ剣。それはきっと、彼がこの世界で生きていくための、大切な一歩になるのだろう。


 家に戻ってからは、夕方までゆっくり過ごした。


 タクマは剣の手入れ道具を並べ、バルグリムから教わったことを確認していた。私はその隣で、明日以降の依頼について少し考えていたけれど、結局、今日は仕事のことを忘れてのんびりすることにした。


 そして、夕暮れが近づいた頃。


「……そろそろ行こうか」


「うん。フリーダさんたち、もう来てるかな」


「どうだろう。あの二人、時間には結構きっちりしてるからね」


 私たちは身支度を整え、再び街へ出た。


 夕方のノヴァグラードは、昼間とは少し違う賑わいを見せていた。仕事を終えた職人たちが食堂へ向かい、商店の軒先では店じまいの準備が始まっている。通りには料理の香りが漂い、あちこちから楽しそうな話し声が聞こえてきた。


 タクマはそんな街の様子を眺めながら、少し嬉しそうに歩いていた。


「四人で飯食うの、楽しみだな」


「うん。フリーダたちとは昔からの付き合いだけど、こうしてゆっくり食事するのは久しぶりかも」


「へえ。そうなんだ」


「二人とも仕事が忙しいからね。それに、私も一人で依頼を受けることが多かったし」


 私はそう答えながら、今日の出来事を振り返った。


 タクマは自分の剣を選び、ハーケンのもとで訓練を始めた。私はフリーダたちに、これからも一緒に仕事をしたいと伝えた。そして、エリナには昨日のことを謝り、自分の気持ちについても少し話すことができた。


 考えてみれば、今日は新しい依頼を一つも受けていない。それでも、何だかとても充実した一日だった。


 タクマと出会ってから、私の毎日は少しずつ変わっている。


 以前なら、一人で済ませていたことを誰かと相談するようになった。自分の考えだけで決めず、相手がどう思うかを気にするようにもなった。


 それを面倒だとは思わない。


 むしろ、そうやって誰かと一緒に考えることが、今は楽しい。


「……あ、いた!」


 タクマの声に顔を上げると、目的の食堂の前でフリーダが大きく手を振っていた。


「おーい! こっちだ!」


 その隣では、クルシュが穏やかに笑っている。


 私はタクマと顔を見合わせ、それから二人のもとへ歩き出した。


 今日から、私たちは四人で仕事をする仲間になった。


 もちろん、これから何が起こるかなんて分からない。依頼によっては危険なこともあるだろうし、意見が合わないことだってあるかもしれない。


 それでも、今はこの新しい関係が、少し楽しみだった。


「お待たせ、フリーダ!」


「おう! さあ、今日は飲むぞ!」


「……明日も仕事するかもしれないんだから、ほどほどにしてよ?」


「分かってるって!」


 ……本当かな。


 私は少しだけ不安になったけれど、フリーダの楽しそうな顔を見ていると、つられて笑ってしまった。タクマも隣で笑っている。


 そんな二人の様子を見ながら、私は食堂の扉をくぐった。


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