008 これはデートではなく診察です
「いやぁ、まさか君の方から誘ってくれるとは思わなかったよ、ルクレツィア」
翌日の昼前。
どこまでも嬉しそうに、レオ様は私にそう言った。
何とも言えないその言い回しに、執務室にいた私以外の人間が意味深な視線をチラチラとこちらに投げかけてくる。
やめて、そんな目で見られても反応に困るのよ。
もー、なんでこの人はみんなが勘違いしちゃいそうな言い方をするのかしら。
私は全然そんな意味で言ったわけじゃないのに。
だいたい今ここにいる人たちも、私たちの会話を聞いていたわよね。
どこをどうしたら、そんな意味になるのかしら。
誰が聞いたって、分かるでしょう。
「レオ様、私は今日一日ご一緒させていただいて、体調の管理や観察をさせて下さいと言っただけかと思いますが?」
「だから、そうだろう? ぼくと一日中ずっと一緒にいたいだなんて」
「……もしかして、私をからかっていらっしゃるのですか?」
「そんなわけないだろう。怒っているのかい、ルクレツィア」
これが怒らずにいられますか。
そんな子猫のような目で私を見上げてもダメです。
今日はもう騙されませんからね。その手には乗りません。
この方、もしかしたら私で遊んでいる感じなのではないかしら。
それかレオ様の恋愛事情とか聞いたことはないけれど、プレイボーイとか?
他の方が変に勘違いしたら困るのはレオ様の方なのに、どうしてこんな言い方をするのか分からないわ。
とにかく、ここは私がしっかり言っておかないと。
「怒ってはいませんが、皆さんが勘違いされたらどうするのですか。これはあくまで診察の一環です」
「勘違いされることは構わないさ。それに診察だとしても、一日君と一緒だなんて、デートみたいでつい嬉しくってね」
さらりと、この口はまだ言うのね。
王太子というお立場でなければ、つねって差し上げるのに。
これでは、私じゃなくとも勘違いしてしまいそうね。
なまじ顔も美形だし、みんなコロっと騙されてしまうわ。まったくズルい人だ。
でも、確かまだ正式な婚約者様はいないんだっけ。
この歳で候補者しか上がっていないなんて、少し不思議よね。
不眠と何か関係があるのかしら。
一介の薬師じゃあ、そこまで深いことは聞けないけれど。
なんにしても、普段王宮になんて出入りしないから、レオ様がこんな方だとは全く知らなかったわ。
「デートではなく真剣な診察ですので、からかわないで下さい」
「もちろん分かっているよ。ルクレツィアは仕事に誠実な人だからね。でもぼくが勝手に思うくらいはいいだろう?」
「……」
ああ言えばこう言うというか……。
そこまで言われてしまうと、私にはもうどう返していいか分からないわ。
頭の回転の違いとでもいうのかしら。
こんな風に人と接してきたことがないから、難しいわね。
だけど、ちゃんと私の性格を抑えているから、本当にズルい人。
もう。なんだかなぁ。
「もう何でもいいですから、今日はご一緒させていただきますね」
渋々そう言葉を返すと、レオ様はどこまでも満面の笑みを返してくれた。
そしてその言葉通り、私は彼の近くに立ち、その姿を見守る。
朝から山積みだったであろう書類たちを、レオ様は淡々と処理していく。
その姿は先ほどまでのチャラさはなく、真剣そのものだ。
途中、大臣たちが部屋を訪れた際も、威厳しかない真剣な顔で即座に対応していた。
お昼を過ぎても休憩することはなく、口にするのはコーヒーだけ。
先ほど確認したが、甘いものはあまり好きではないのか無糖だった。
何もお腹に入れていない状況でコーヒーばかり飲むのは、不眠の原因の一つでもあるわね。
しかもずっと座りっぱなしで、立つこともないレオ様は頭だけが動いている状況で体がまったく動いてはいない。
運動不足とまではいかないにしても、もう少し休憩を入れてもらって、体を動かす時間を作ってもらった方が良さそう。
昨日、扉に耳を当てた時、向こう側からは苦しそうな声だけが聞こえてきた。
悪夢を見ると言っていたのは、きっと間違いではないだろう。
しかもそれが一時間も経たずに、起き上がる音が聞こえてきたのも考えると、本当に眠れていないみたい。
深刻だとは思っていたけれど、あの苦しそうな声を聞いてしまうと、何とも言えない気持ちになったのは本当だ。
「付き合ってもらったのに、つまらないだろう、ルクレツィア」
ふと考え込む私が気になったのか、レオ様が顔を上げてこちらを向く。
書類の山は、ようやく半分ほど減ったくらいだろうか。
私がいなければ、きっとこのまま休憩もしなさそうな雰囲気ね。
「退屈ではないですが、お腹はすきませんか?」
私にそう言われたレオ様は、考えるように自分のお腹に触れた。
「んー。どうだろうか。いつもは一日、一食か二食しか食べないから考えたことがなかったな」
「それは、お腹が空いたら食べるという感じですか?」
「いや? 基本的にはお腹が空くという感覚はあまりないんだよ」
どうやら不眠以外にも問題はたくさんありそうね。
「でも君はお腹が空いた頃だろう、ルクレツィア」
「ええ、そうですね。出来ればレオ様と一緒に食事をしたいのですが?」
食事風景は絶対に見ておきたかったのよね。
偏食も気になるし、食事量もしっかりチェックしなくちゃ。
「ルクレツィアにそう言ってもらえたら、かぜんお腹が空いてきた気がするよ」
なぜか嬉しそうにレオ様はそう言うと、仕事の手を止めて控えていた侍女に食事の準備を促す。
するとまたもや、意味深な視線が彼女たちから飛んで来ていたが、もう気にするのはやめることにした。
だって、私が何を言っても、レオ様が変な風に返すんだもの。
この方は、私の手にはもう負えないわ。
そう思いながら、私はこっそりとため息をついた。




