007 思いを新たに
ミラを専属侍女に選んだのはレオ様よね。
こうなることを少しは分かっていたのかしら。
なんて、考えすぎかな。たまたまよね、きっと。
「でもあれですよー。褒美をもらわなさすぎるのも、考えものだと思うんです!」
「というと?」
急に力説をし始めるミラに、私は首をかしげる。
確かに父は必要以上の褒美をもらわない主義だ。
そこには薬師たるもの~という理念みたいなのがあるのかなと、思ったことはあるけれど。
まぁ、ミラの言うことは一理ある。
あの屋敷もそうだし、うち、あまり裕福とは言えないのよね。
あれだけ働いていて貧乏って。どれだけ物欲がないのかしらとは思うわ。
でも欲しいものもないし、働きすぎていて使い道もないし。
いらないといえば、いらないか。
「お金もそうですけど、爵位ですよ、爵位!」
「爵位って、確かにうちは子爵でしかないけれど」
「国王陛下から何度も爵位を上げるように打診されていたのを固辞されているみたいで。ルクレツィア様のためにも、爵位上げてもらっちゃった方がいいです」
爵位かぁ。そもそも、そんな話があったのすら初耳だわ。
功績を称えられて、という話は聞いたことあるけれど。
まさか爵位を上げることも、拒否していたんだ。
お父様らしいといえば、お父様らしいけど。
でも考えようによってはそうね。
もし私があの男爵令嬢と同じくらいの身分だったら、あんな風に小馬鹿にされなかったのかしら……。
「って、ねぇ、ミラ。もしかして私の話、レオ様から何かお聞きしているの?」
「殿下からというか、社交界ではもう持ち切りですよ? 薬師令嬢であるルクレツィア様に、不届きなことをした人物がいるって」
ミラの言葉に、私は一人頭を抱えた。
貴族間での噂話が早いとは聞いていたけれど、まさかもう広まっていたなんて。
ただの醜聞でしかないのに最悪だわ。
「だいたいあり得ないですよね。ルクレツィア様を捨てて、他の女に走るだなんて。でも安心して下さい。貴族令嬢はほぼ全て、ルクレツィア様の味方ですから」
ミラはそう言いながら、小さな胸をポンと拳で叩いて見せた。
頼もしいというか、なんというか。
でも、出来ればみんなになんて知られて欲しくなかったのにな。
まぁ、ことがことだから仕方ないのだろうけど。
「みんなが味方でいてくれてよかったわ」
「もちろんです。何があってもみんなでルクレツィア様のことは守りますからね」
「ははははは。ありがとう」
今の私には、そう返すのが精一杯だった。
「今日、この後の予定は何かございますか?」
「いえ。このまま食事を済ませて、今日は休みたいのだけれど、いいかしら」
「もちろんです。では、そのように手配させていただきますね」
任せて下さいと言わんばかりに、ミラは元気よくまた部屋を出て行った。
明らかに考えなければいけないことは山ほどあるけれど、今日はもう止めにしよう。
お仕事初日だし、もういいわよね。
いろんな意味でため息をつきそうになる自分を押さえつつ、私はミラが食事を運んでくるのを待った。
食事はさすが王宮というように、ルドガーの屋敷で出るものよりも豪華なフルコースが運ばれくる。
元より小食の私は、明日からはコース料理でなくても二品くらいあれば十分だと言ってしまうほど、その量は多かった。
たぶん元より残す前提の料理の量なのだろうけれど、せっかく一生懸命作ってくれたものを残すのは忍びないのよね。
「料理のバランスは、さすがにシェフが付いているだけあって、きちんとしていたわね」
野菜だけではなく、肉や魚、乳製品に豆類。
それらがバランスよく出されていた。
もし仮にこれを全部食べているとするならば、レオ様の体形からしたらちょうどいいくらいじゃないかしら。
特段、食事が不眠症の足を引っ張っている感じはしないわね。
もっとも、結構痩せておられたから全部食べていない可能性は高いけれど。
ああ、もしかしたら偏食もあるかもしれないわね。
あの痩せ方からして、お肉とか食べていなさそう。豆類からタンパク質が取れるとはいえ、やっぱりお肉もきちんと食べてもらわないと。
色白だし、血液も薄そう。
そうね、一度食事風景も見せてもらわないとダメね。何事にも、全部一から自分の目で確認していかないと。
だけど、それよりも……。
「……」
私は自分の部屋の続きとなる間を挟む扉をチラリと見る。
着替えてベッドの縁に座ってはみたものの、隣の部屋とココとが繋がっているかと思うと、なんだか落ち着かない。
数時間前に隣の扉が開く音がしたから、きっともう部屋にはレオ様がいるのだろう。
もちろんこちら側の鍵を開けない限りは、向こう側からは入ってはこられない。
だけど、だけど……。
「うー」
だいたい緊張するなという方が無理なのよ。
だってたった扉一つなのよ?
向こう側にレオ様がいると思うと、なんだか変な感じがしてしまう。
なんでだろう。
今までルドガーがすぐ傍にいたって、こんなソワソワしたことはなかったのに。
「んー」
私は唸りながらも、体をそのままベッドに横たえる。
ルドガーは異性というよりも、もう家族だったからかな。ずっと子どもの頃から一緒だったし。
考えたら異性として見たこともなかった気がする。
そう考えると、私にも非があったのよね。まぁ、向こうの非は私の何十倍にも及ぶだろうけど。
異性かぁ……って、レオ様はただの私の患者にしかすぎないじゃない。
何考えているの、私。
ちょっと距離感がおかしいからって、勘違いしたらただの変な人になってしまうわ。
でも、勝手にドキドキするくらいはいいのかな。
ほら、相手は王太子殿下なわけだし?
貴族令嬢なら、一度はそういうの夢見るものじゃない。
たぶん? たぶん……よく分からないけど。そういうこと話すを友だちもいなかったし。
でも、きっとそうなはず。夢や憧れるのは普通よね。
勝手にそう言い聞かせ、私は無理やり目を閉じた。
しかし昼間、少し寝てしまったせいもあるのか、興奮しているからなのか。
いくら目を閉じても、眠気はやってこない。
「はぁ。これじゃあ、どちらが患者か分からないわ」
いつまで経っても眠れず、私は諦めて立ち上がる。
そしてテーブルの上に置かれた水差しを取りに歩き出すと、小さなうめき声のようなものが、扉の向こうから聞こえてくることに気付く。
「もしかして」
足音を抑えながらも、私はそっと扉に近づき、耳をピタリと付けた。




