006 万能になりたかった過去
あれから案内された、隣にある続きの間。
用意された部屋は、レオ様の部屋とは違いどこまでも豪華だった。
天井の細部に至るまで施された薄いピンク色の花の絵。
その花一つ一つがどこまでも繊細であり、手書きなのだろう。
またそれらの縁取りは、良く見ればすべてが金。
これだけでもどれほどの金額がかかっているのか分からない。
白を基調とした部屋の家具は、一転落ち着いた紺色で統一されている。
派手さがない分、余計にお金がかかっているといえるわね。
派手な部屋は趣味ではないからある意味有難かったけれども。
「……これはこれで落ち着くのか、落ち着かないのか……。何とも言えないわ」
どのみち、実家のピンク一色の子ども部屋も落ち着かなかったのだもの。
この際、どちらでも一緒ね。
とにかく、高そうな家具たちを汚さないようにだけ注意しなくちゃ。
私のお給料なんかじゃ、絶対に弁償出来ないわ。
それにしても広い部屋ね。
本来の目的を考えたら、これくらい当たり前なのだろうけれど。
本当に、この部屋に私がいてもいいものかしら。
もっとこう、王宮の隅っこにある物置部屋くらいでよかったのに。
そんな風に縮こまりながら部屋を眺めていると、短いノックのあと侍女が入室してきた。
「初めまして、ルクレツィア様。この度専属侍女に仰せつかりましたミラと申します!」
歳は私よりも少し下くらいだろうか。
短いオレンジ色の髪に、赤っぽい瞳。
大きくくるくるとした瞳を輝かせ、彼女は一気に私との距離を詰める。
そしてどこまでも元気よくその手を差し出してきた。
これは握手を~、とかいう意味かしら。
なんだかこの子、貴族令嬢というよりはどこか子犬っぽい。
にこやかな笑顔もそうだけど、人懐っこさがそう思えて仕方なかった。
私はその差し出された手に、自分の手を差し出す。
するとよほど嬉しかったのか、握手をしたままブンブンと彼女はその手を上下させた。
「きゃーーーー。本物ですよね⁉」
「えええ? 本物って?」
「ずっとお会いしたかったんです! この国の英雄薬師たる、ルクレツィア様に」
「え、英雄? どこをどうしたらそうなるの? そんなこと言われたこともないけれど」
キラキラと輝かせているその瞳には申し訳ないけれど、英雄なんて初めて言われたわ。
だいたい、確かに過去うちは猛威を振るったあの流行病のために尽力したけれど、別にそれは仕事というか薬師として当たり前のことをしただけだし。
英雄などと言われるほど、大層なことをしてきていないのに。
この子、何かと勘違いしているんじゃないかしら。
「英雄じゃないのなら、神です!」
「えええええええ。だ、だから、別に私は、というかうちはそんなにいいものでは……」
「何を言っているのですか! この国の民なら、みんなそう思っていますよ‼」
ミラはそう言いながら、興奮したように話を始めた。
いかにうちの一族が薬師としてこの国に貢献してきたのか。
薬師がいなかったら、今頃この国はどうなっていたのかなど。
自分たちのしてきたことが、そんな風に思われていたのかなど、見ている方向が違うとこうも違うものなのかと思うほど。
少し大げさではないかというくらい、彼女の薬師たるうちの一族への尊敬は止まらなかった。
「現にうちの弟も、ルクレツィア様に助けていただいたんです。郊外での炊き出しや、薬の配給などにも幾度かお見えになっていましたよね」
「ええ、確かに何度か行っていたわね。父は王宮、一番上の姉は貴族、その下の姉はギルド関係を回っていたから。街中や郊外は私の担当だったし」
あの頃はとにかく大変だった。
医師たちが誤診し、その上私たち薬師の意見など聞く耳を持たなかったせいで、間違った薬が処方されてしまった。
意見してもどうにもならず、医師たちを見限った頃にはすでに国中に流行り病は蔓延し、誤処方された薬の影響で重篤な症状となってしまった者も多数いた。
国王陛下が医師たちを排除し、薬師の意見を優先してくれたおかげで何とかなったけれど。
それでも救えなかった者たちは数えきれない……。
「全部、薬師様たちのおかげですわ」
輝く様な満面の笑みに、私は微笑み返すことしか出来ない。
今だって思うのだ。
もう少し判断が早ければ……もう少し早く医師たちをどうにか出来ていれば……。
死者……いや、母は死ななくてもよかったのだから。
神とか万能だとか言われるたびに、胸のどこかが少し痛くなる。
そんなものにはなれなかったのだから。
悲観しても仕方のないことだし、後悔なんてしたところでどうしようもないのだけどね。
救えた命があっただけ、良かったと思おう。
母の葬儀で父が泣きながらそう言っていたから。
あの時、誰よりも父が一番辛かったであろうことは私たちも分かっている。
「そこまで有能でもないのよ。救えなかった命もあるもの」
「そうだとしてもです! あんなにたくさんの犠牲を払いながら、一切の褒美も受け取らなかっただなんて。それにあの救いの手は、ただ死を待つしかない私たちにとって本当に希望だったんです」
感極まったように泣きそうになるミラを見ていると、私までも泣いてしまいそうになった。
救えなかったけれど、それでもやれるだけのことをやりぬいたことを誇りに思おう。
「……ありがとう、ミラ」
「いえ。こちらこそ、本当にありがとうございました」
ミラの眩しすぎるほどの笑顔につられ、私もようやくちゃんと笑うことが出来たのだった。




