005 おかしな距離感
まつ毛長いなぁ。
顔色は少し悪いけれど、すごく整った顔をしている。
こういう人をカッコいいっていうのかな。
だけど距離が近すぎて、誰か入ってきたらどうしよう。
変な誤解されないといいけど。
ああでも、大丈夫かな。
私なんてどうせ出戻りだし、美人でもないし。
さすがに誤解されるまでもないか。
むしろ動いて起こしてしまう方が可哀そうよね。
本当にずっと眠れていないみたいだし。
私のこといい匂いだって言っていたから、明日からは私が飲んでいるハーブティーを飲んでもらおうかしら。
匂いを気に入るということは、きっと相性もいいと思うのよね。
それに一度食事を見せてもらった方がよさそう。
きちんとしたものを食べないと、顔色も良くならないもの。
一度に全部は無理でも、少しずついろいろやっていけば、きっと前のように眠れるようになるはずだわ。
それにしても……ちょっと私も疲れたな。
最近バタついていたし。
ここまで急いで再就職先を探さなくても良かったのに、父に乗せられてしまったし
んー。
肩に当たる彼の温かさと、窓から差し込む柔らかな日差し。
静かな寝息をジッと聞いていると、つられる様にいつしか私もウトウトその場で眠りについてしまった。
「ルクレツィア?」
耳元で囁かれるその声で意識を浮上させると、すでに外は日が傾きかけていた。
「も、申し訳ございません!」
やや不安げに私を覗き込むレオ様と目が合う。
まさか私まであのまま眠ってしまっただなんて。
いくら疲れていたからって、仕事中なのにダメすぎるでしょう。
急いで彼から体を離そうとしたものの、なぜか手がしっかり握られていた。
指を絡めて繋がっているって、一体どうなっているの?
私寝ぼけてなんかやらかしてしまった感じ?
これって、恋人繋ぎっていうのよね。
今までやったことなんてないけれど。
私ったら、変な夢でも見ていたのかしら。
一人慌てふためいていると、レオ様が私を見てフッと柔らかく笑った。
「ごめんね。気持ちよさそうに寝ていたんだけど、そのままソファーから落ちそうになっていたから」
そう言って、レオ様は手を離してくれた。
私、どれだけ熟睡しちゃっていたのかしら。
しかも寝相悪すぎじゃない。
初日からこんなことやらかすなんて、穴があったら入りたい。
むしろどこかに埋めて欲しい。
もうそれにこのままクビになっちゃうんじゃない、これ。
「あああああ、本当にいろいろ申し訳ございません」
「ん? なんで謝るんだい?」
「まさか、あのまま寝落ちしてしまうだなんて……」
「むしろすごいよ」
レオ様は興奮したように、身振り手振りで表現し出す。
「え?」
「今まで何を飲んでも、何をしても眠れなかったのに。君が隣にいてくれただけで、三時間くらい一気に眠れたよ」
「そう……なのですか?」
「ああ。一度も目を覚まさなかったし。こんなに眠れたのは、もうどれぐらいぶりだろう。君のおかげさ」
たった三時間。
だけど不眠のレオ様にとっては、とても長く感じられたのだろう。
まだ目の下のクマは目立つものの、顔色はさっきよりも少し良くなっている。
一緒に寝てしまうという失態は犯してしまったけれど、喜んでもらえてよかった。
こんな風に誰かに感謝されるのって、久しぶりね。
ルドガーが病弱だった頃は確かに感謝してくれたけれど、毎日のことでそのうち何をしても当たり前になってしまっていた。
感謝してもらいたくてやっていたわけじゃないけれど、ちょっとだけ胸がじんわり温かくなっているのを感じた。
「それならばよかったですが、でもまだたったの三時間です。人は日に八時間ほど眠らないと体調を悪くすると言います。レオ様が少しずつまた眠れるように、しっかりサポートしていきますからね」
「ああ。頼むよ、ルクレツィア」
「はい」
明日は食事風景も見させてもらって、日中の動きなども確認が必要ね。
悪夢にうなされるということだったから、本来はその時の状況も見てみたいけれど。
さすがにいくら私が薬師とはいえ、一応は年頃の貴族令嬢。
雇い主とはいえ、異性の部屋に一人で入るわけにはいかない。
そこはさすがに父に頼むしかないわね。
そんなことを一人考えていると、レオ様はさらりと爆弾を落としていく。
「ああ、そうそう。君の部屋は、ぼくのこの部屋の続きの間である隣にしておいたからね」
「え?」
「だってほら、ぼくに何かあった時にすぐに駆けつけられないと困るだろう?」
「それは……そうかもしれませんが」
続きの間で、しかも隣って。
普通そこは婚約者やお妃様が許可される部屋じゃないのかしら……?
そこを私の部屋にしたって言ったわよね。
しかもさも当たり前かのように、さらりと。
確かに健康観察をするには、その方がやりやすいけれど、さすがにダメでしょう。
「いえ、ですがそのような部屋に私ごときが入るわけには」
「もう用意してしまったし。もしかして、ぼくの隣は嫌だった?」
「嫌というか、そういう問題ではなくてですねぇ」
「いびきもうるさくないよ? 寝言だって言わないし」
「いえ、ですからそういうわけでは……」
「じゃあ、やっぱり嫌だったんだね」
うるうるとした瞳で、私のことをレオ様が下から見上げる。
泣き落としって、女の人の特権かと思っていたけれど、これだけの美男子がやると効果は絶大だ。
だいたいこの国の王太子であるこの人の願いを断れる人間なんて、どれだけいるのだろう。
なんだかいろいろ間違っているとは思いつつも、どうしても私は断り切ることは出来なかった。
「嫌ではありません。分かりました……。しばらくの間でしたら」
「うん。よかった。ルクレツィア専従の侍女も手配しておいたから、今日はそのままゆっくりしておくれ」
「はい」
「なんなら続き間の部屋の鍵、こちら側のは開けておくから、寂しくなったら入ってきてもいいからね」
どこまでも満面の笑みでそう言葉を返す彼に、私は「はははははは」という乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。




