020 婚約者の座
王宮に横付けされた馬車の中から、レオ様にエスコートをされて降り立つ。
すると私たちを待ち構えていたように、一人の女性が数名の侍女たちを連れながらゆっくりとこちらに近づいて来た。
雰囲気がどこかフィオナ嬢に似た女性。
やや褐色の肌に、金色の長い髪。そして大きめの赤い瞳に、同じ色の唇。
自信ありげに口角を上げながら、微笑んでいる。
胸や体のラインがくっきりとした赤いマーメイドドレスも、その顔のせいか派手さはない。
「もぅ、急に先に帰るように言うなんて酷いではないですか、レオナルド殿下」
どこか甘えたようなその声に、自分の中のどこかが警告を発している。
しかもよく見れば、彼女の視線には私をまったく映してなどいない。
レオ様の隣にいるというのに、まるで私などいないと思っているよう。
「ああ、すまない。急用でね」
「あたしを放っておくほどの、ですか?」
レオ様はその問いに答えることなく、ただ微笑み返す。
なんだか本当に申し訳ないわ。
内容が内容だけに、本来ならば外交で来られた隣国のこの方を差し置いてまでするべきことではなかったのだもの。
「あとで紹介しようと思っていたが、彼女が君が会いたがっていたこの国の薬師だよ」
「まぁ、この方が例の薬師様?」
レオ様の紹介で、ようやく彼女は私の方を向く。
しかしその視線は何とも言えないものだった。
上から下まで、まるで値踏みでもするように見ている。
「ルクレツィア・ノクターンと申します」
嫌な感じだとは思いつつも、レオ様の恥とならないようきちんと貴族令嬢として挨拶をする。
「皆が女神のような方だと口々に仰っていたから、想像と違って少しビックリしましたわ」
自分から名乗ることはなく、彼女はなぜか頭を下げた私に言葉をかけてくる。
いや実際この言葉すら、私にではなくレオ様に言っているのだろう。
いくら私の方が身分が下だとはいえ、この国ではここまで酷い扱いをされたことはない。
国が変われば、なのか。
それともこの人の人柄なのか。
こんな些細なことに腹を立てても仕方ないけれど、感じが悪いなとは正直思ってしまう。
だいたい女神だなんて、私自らが言い出したことでもないし。
なんなら初耳よ。
なんとなく、ミラは言ってそうだけど。
「そうかい? 女神というよりぼくは彼女が天使のようだと思っているよ」
そんなことをさらりとレオ様は言ってのけた。
「て、天使でも女神でもないですから。ただ皆が勝手に言い出しただけですので……」
もう。
急に何を言い出すかと思えば、この人は。
今はそういう雰囲気じゃなかったじゃない。
そりゃあ、レオ様に庇ってもらえたことは嬉しいけれど。
でも向こう側の侍女含め、彼女の視線がさらに痛いし。
「ルクレツィア、彼女はミランダ・オーウェン。オーウェン国の第三王女様だよ」
私はレオ様の言葉に、また頭を下げる。
身分が高いとは思っていたけれど、やはり王族なのね。
オーウェン国の第三王女といえば、確か一番末の王女だったはず。
なんとなく、この傲慢さも頷けるかも。
だけどまさか、隣国の外交がオーウェン国だったなんて。
あの国はこの国とは違い、医療大国だ。
どこまでも医療は進み、たくさんの医師がいるという。
この国にも医師が欲しいとは思っていたけれど、まさか向こうから来るなんて。
国益のために手を結びたい気持ちはどちらも同じなのかもしれないわね。
だけど……オーウェン国か。
流行病が収まったあと、糾弾する民たちから逃げた医師たちが向かったのもあの国なのよね。
あの国全ての医師たちがそうではないのは分かっていても、なんだかなぁ。
「オーウェン国の王女だなんて、あたしはこの国の王妃となりたく思っていますのよ」
そう言いながら、ミランダ王女は意味深に私に視線を向ける。
王妃……王妃って……。
この国に王太子はレオ様一人だけ。
つまり、そういうことよね。
女性の外交だと聞いた時からずっと発せられていた自分の中の警告音。
きっとそれはこれを予感していたからかもしれない。
いつかはそういう日が来るとは分かっていたけれど、それがこんなにもすぐだなんて。
私はどうすればいいのだろう。
いや、答えなんて一つしかないじゃない。
私はただの子爵令嬢で、薬師でしかないのだから。
「その話はまだなんとも、だね」
「まぁ、またそんなつれないことを。婚約者もいないことですし、国と国との結びつきを考えれば当然のことではないですか?」
レオ様に問いかけているというのに、彼女の視線は依然私に向けられたまま。
宣戦布告なのだろうか。
そういう関係ではないというのに、彼女の目にはそう映っているのだろう。
私とレオ様が恋仲だって。
「結びつきは大切だが、本当にメリットがあるかどうか。それはぼくの判断ではないからね」
「医師のいない国など、この時代どこにもありませんわ。それに我が国の医療はどの国よりも進み、皆が幸せに暮らせていますのよ。これ以上のメリットなどなかなかないと、あなたも思わないですの、ルクレツィア嬢」
「……そう、ですね……。ただこの国の国民意識や感情、歴史もありますので、私ごときが意見すべきことではないかと」
私の立場では否定も肯定も出来ない。
これが精いっぱいの答えだ。
ミランダ王女だって、この国の歴史を知らないわけじゃないのに。
受け入れられたい気持ちは分かるけれど、そんなにすんなりいくとは私は思えない。
しかしこの返答が気に食わなかったのか、彼女は私を睨みつけている。
「まぁ、いいですわ。滞在中にちゃんとよき返事をいただくつもりですから」
レオ様の前ではどこまでも自信たっぷりに、ミランダ王女は微笑んでいた。
ただ彼女は去り際、私とレオ様には聞き取れないくらいの小さな声で、侍女たちに「いつまでも過去に縋るなんてみっともない人ね」と呟き、侍女たちは私をあざ笑うように見ていたのだった。




