002 意地悪な仕返し
「は? え? ルクレツィア……何を言っているんだ? 君の言っていることの意味が分からないんだが。もちろんおれの子に決まっているだろう?」
「そうなの? それは随分おかしな話ね。あなたは、子どもが作れない体のはずなのに。一体いつ治ったの? 二度と治らないはずだと思ったのだけど」
「は?」
「え?」
私の言葉に、二人の顔が一気に歪む。
ルドガーはこのことを知らなかったのだから、ある意味この反応は仕方がない。
子どもの頃かかったあの流行病で、彼は子を成すことが出来なくなってしまっていたのだ。
もちろんこのことは、彼の両親や私の両親などは知っている。
知らないのは、彼一人だけ。
彼を傷つけたくないという彼の両親の願いで、今まで秘密にしてきたこと。
私自身も彼との子どもは望めないと知っていたけれど、ルドガーのことが好きだったから気にはならなかったし、父もこの婚約に納得はしていた。
だけどまさか、そんなルドガーに子どもが出来ただなんて。
びっくりしすぎて、失笑してしまった。
失礼なことだって分かっているけれど、本当に彼の子ならば、どうやって出来たのか知りたいぐらい。
完治するはずのないものが、完治したのだから。
医学の発展ってすごいわねぇ。
あ、だけどあの流行病でやらかしてしまった医師たちは、この国をみんな追放されてたわよね。
そのせいで王宮以外にマトモな医師なんていないし、国民もあの時から医師に対する拒否反応が酷くてこの国では働けないって聞いていたけど。
「いやぁ、キセキってあるのね。知らなかったわ」
「奇跡って……」
「奇跡じゃないのなら、どんな治療法があったの? 詳しく知りたいわ。他にも同じ症状で悩む人もいるのだから」
「そ……それは」
まぁフィオナも知らなかったのでしょうね。
彼が子を成すことが出来なかっただったなんて。
どこから見ても今のルドガーは健康そのものだし、勘違いするのも分からなくはないけれど。
驚くほど残念すぎる。
托卵って、てっきり鳥だけの習性かと思っていたわ。
「嘘だろ? なんの冗談なんだ、ルクレツィア」
「あら冗談ではないわよ? 私が嘘をついていると思うのならば、あなたのお母様にでも聞いてみたら? 今この状況ならちゃんと教えてくれるはずよ。むしろ喜んでくれるんじゃないかしら? 絶対に無理だって知っているのだから」
「絶対に無理?」
「ええ、そうね」
「本当におれは子どもが……」
私の言葉がよほど信じられないのか、縋るような顔でルドガーはフィオナを見た。
彼女は顔面を蒼白にさせながらも、必死に首を横に振る。
「馬鹿なこと言わないで! この子は間違いなくルドガーの子よ。あなた別れたくないからって、嫌がらせするのも大概にしてちょうだい」
「別に嫌がらせでも何でもないわ。だって真実だもの。子どもの頃の大病で死ななかった代わりに、とでもいうのかしら。彼の両親は孫が見られなくとも、彼さえ生きていればいいと願った結果よ」
「嘘よ! 嘘嘘嘘嘘嘘‼ きっと何かの間違いだわ。ご、誤診かもしれないじゃない!」
「そう思いたければ、勝手にすればいいわ。だけど彼を診たのは王宮の医師たちだし、その後何度も医師を変えて診察してもらったけれどダメだったのよ」
あくまでフィオナはシラを切り通すつもりみたいね。
まぁ、そうでもしなければ彼女は困るからそうなのだろうけれど。
私は別にどっちでも構わないのよ。そう、どうでもいいの。
お腹の子どもが本当は誰の子であろうと、なかろうと。
彼が選んだのは私ではなく、真実の愛だそうだから。
ただほんの少し後悔すればいいって思っただけ。
「ルクレツィア、本当に君の嫌がらせでも何でもないのか?」
「嫌がらせだと思いたければ、思えばいいわ。もう私には関係ないことだもの」
「フィオナ、お腹の子はおれの子だよな? おれの子なんだよな⁉」
「当たり前でしょう、ルドガー。この女よりも、アタシのことを疑うの?」
「そうじゃない、そうじゃないけれど……」
ルドガーが憔悴しきった顔で、頭を無造作に掻きむしる。
彼とは長い付き合いだ。
薬師として生きることを誇りに思っている私が、身体のことで嘘などつかないことはルドガーもよく知っている。
だからこそ混乱しているのだろう。
どちらも信じたいのに、どちらも信じられない。
でも後悔したところで、私は知ったことではないの。
もう誓約書にサインしたのだから。
「ルクレツィア、おれは……おれは……」
「やめてよ、ルドガー。本気でアタシのこと疑っているの? あんなに愛してるって言ってくれたじゃない!」
「もちろん愛しているのはフィオナ、君だけさ。だけど」
混乱するルドガーの腕を掴み、揺すり動かし、フィオナが必死で訴える。
しかしルドガーの視線は不安定に泳ぎ、彼女を見ることはない。
「ルドガー、アタシを信じて。この子はあなたの子よ」
「分かってる。分かってるよ。おれだって信じたいさ。信じたいけれど……ちょっと待っていてくれ。母さんに確認してくる。そうすればルクレツィアが嘘をついているって、分かるだろう」
焦りながらルドガーは小走りで部屋を抜け出す。
するとフィオナは私を睨みつけた。
「この子にもしものことがあったら、全部あんたのせいよ!」
叫ぶ彼女に、私はため息をつく。
百歩譲って、胎教に悪いことをしたのは私に非があるのかもしれない。
妊婦にストレスは厳禁なのも理解しているから。
だけど先に非常識なことをしたのはどちらなのか。
自分のしたことを棚に上げて、よくそんなことが言えたものね。
厚かましいにもほどがある。
元々嘘などつかなければ、こんなことにはならなかったというのに。
「そうカッカすると、胎児にも悪影響ですよ」
「ふざけないで。あんたのせいでしょう!」
「いいえ。すべて自分の行いのせいでは?」
そう言い切った私が気に食わなかったのか、彼女は私に近づいてきたかと思うと頬を平手打ちする。
乾いた音が部屋に響き渡り、口の中で血の味がした。
「全部あんたのせいよ! ルドガーはアタシを愛してくれていたのに」
「そうですか。だったら、せめてルドガーと同じ髪色の子どもが生まれるといいですね」
大人げないとは分かっていても、私は言い返す。
そしてもう一度私を叩こうとした彼女の脇をすり抜け、私は一人屋敷を後にしたのだった。




