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018 気づいてしまった気持ち

「あ、あなた様は! どうしてこんなところにおられるのですか」


 顔を真っ青にさせながら、ルドガーは絞り出すように彼に尋ねた。


「ちょうど隣国の知り合いに街を紹介していたら、よく見た顔が見えてね。あまりの強行に及んでいるようだったから、すぐさま駆けつけたんだ」

「強硬など、そんなつもりはございません。ほんの少し、彼女とは見解(けんかい)の相違(そうい)があっただけで……。そう、痴話喧嘩(ちわけんか)みたいなものです」

「痴話喧嘩ねぇ。とてもそうは見えなかったんだが」


 彼はルドガーから視線を外し、確認するように私を見る。


 私は精一杯首を横に振った。

 するとそれが気に食わなかったのか、またルドガーは大きな声を上げる。


「ルクレツィア、この方に変に思われたらどうするんだ! 困るのは君だぞ」

「なぜそこで困るのが私なの?」

「だってそうだろう。たかがおれたち二人の今後の話をしているだけなのに、君が素直にならないせいで勘違いさせてしまったではないか」

「勘違いって……あなた、まだ本気でそんなこと思っているの?」


 この期に及んでこの人は、そういうことを平気で言うのね。

 それとも、本当にただの痴話喧嘩だなんて思っているのかしら。


 前までの婚約は親同士が決めたものだけど、一度破棄されてしまった以上、この先は本人たちの契約になる。


 だけど破棄の経緯から考えて、どうして私がルドガーとよりを戻すと思えるのかしら。

 今まで私が散々尽くしてきたから?

 それとも本当に托卵を教えてあげたことが、親切心からだと思ったからとか?


 どちらにしたって、現状これだけ拒否しているというのに通じないなんて。


「当たり前だろう、ルクレツィア。いい加減、このお方を困らすような真似はやめないか!」

「君こそ、そうやってぼくの大切な薬師を威嚇(いかく)するのは止めてくれないか?」

「ぼくの……って」


 その言葉の意味が分からず、ルドガーは尋ねるように私を見る。


「私は今、レオ様の専属薬師なのよ」


 私はそうきっぱりと言ってのけた。

 本当はこんなところで名前を呼ぶべきでないのは分かっている。


 レオ様は王族だ。

 お忍びといえど、今はこれだけ人目にもついてしまっている。


 護衛の姿は確認できるけれど、何かあったらいけない。


 でも、どうしてもその名前を呼びたかった。

 ただ呼ぶだけで、変な不安が消えて行く気がしたから。


 なんて、自己中心的すぎて最悪ね。

 

 言ってしまったあと、怒られるだろうかと、レオ様を私は仰ぎ見た。


 しかし私の返答が嬉しかったのか、レオ様は私の隣でいつもの笑みを浮かべてくれている。


 そして満足げに私の頭を撫でてくれた。


 ホッとしたのと同時に、こんな些細な行動で、私の心は満たされていった。


「ルクレツィア、何だよ、その顔は……。何なんだよ!」


 ルドガーは一瞬絶望感を抱いたような顔をしたあと、まるで山が一気に噴火するかのように顔を赤くし激怒する。


 その顔と言われても、自分で自分の顔なんて見えないことくらい分からないのかしら。


 まぁ、ルドガーといる時とは比べ物にならないほど幸せそうな顔くらいしているでしょうけれど。


 でもねぇ。そんなのは自業自得よ。


「人徳(じんとく)の違いだろう?」


 やや嫌味のように、レオ様は笑って見せる。

 本当にそれよ。今すぐ大声で同じ言葉を言ってやりたいくらい。

 だいたいこうなったのは、全部自分のせいだって認めなさいよね。


「さぁ、帰ろうか?」


 レオ様がそう言いながら私の手を引く。

 すると間髪容れずに、ルドガーがそれを制止した。


「たとえそうだとしてもです! 仕事は仕事、プライベートはプライベートではないですか!」


 ここまで言われても引き下がらないなんて、ちょっと病的ね。

 病んでいるって、こういうもの言うのかしら。


「ルクレツィア、君とはまだ終わったと思っていない。君はおれの婚約者であるべきだ」


 意味不明な言葉を並べ立て、ルドガーが再び私の手を掴もうとする。

 

 しかし寸前のところで、その手をレオ様が掴み捻り上げる。


「うわぁぁぁぁぁぁ、何をするのですか‼」


 痛みから体をよじらせるルドガー。

 よほど掴まれた手が痛いのか、もがいている。


「君がルクレツィアにしようとしたことをしたまでだよ? これ以上、ぼくの大切な薬師に手を出せばどうなるか分かるかな?」


 レオ様の言葉で、ルドガーの顔が青ざめていく。


 だけど私には、それすらもどうでもいいほど、この耳には何の言葉も入ってこない。


 ただ自分の心臓の音だけが耳に付く。

 「ぼくの大切な薬師」

 この言葉はきっと、レオ様にとってはただの仕事としてなのだとは理解している。


 だけど、嬉しい。大切にされていたのは知っているけど、言葉にされるとまた違うものがある。


 だからこそ、気づかなければ良かったのに。

 こんな身勝手な感情に。

 どうしたって仕方がないし、どうしようもないのに。


 あーあ。なんで……なんで私気づいてしまったんだろう。

 私はレオ様が好きだなんて……。

 全然憧れとか、そういうのじゃないじゃない。

 ただ一人の人として私はレオ様のことが好きなんだ。


 でも……。


 私みたいな人間が勝手に恋をしていいようなお方でもないし、レオ様は私の患者なのよ。

 患者にこんな気持ちを抱くなんて、どうなのかしら。


 そもそも身分だって違い過ぎる。

 最初から叶うはずもないのに。


 いつからなんだろう。

 レオ様のことを好きになっていたのは。

 でももうずっと前のような気がする。


 しかも自覚した瞬間から思いは加速し、ダメだと思えば思うほど、どうしようもない気持ちがただ胸の中を支配していた。

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